土地と建物の権利

第7章

マンションは誰のものか

共有の法律関係と区分所有法。専有部分・共用部分・集会の決議

一通の招集通知

金曜の夜、仕事から帰ったエマの郵便受けに、見慣れない分厚い封筒が入っていた。差出人は、エマが所有するワンルームマンションの「管理組合」。中身は「通常総会 招集通知」と書かれた冊子だった。

第1号議案、収支報告の承認。第2号議案、エントランス照明のLED化工事。第3号議案、管理規約の一部変更(民泊の禁止)。ページの隅には「第3号議案の可決には、出席した組合員及び議決権の各4分の3以上の賛成が必要です」という注意書きがある。

「管理組合って……私、入会した覚えなんてないんだけど」

翌日、エマはオルゴールの奥の席で、封筒ごとヴィクトルに差し出した。ヴィクトルは冊子をぱらぱらとめくって、少し嬉しそうな顔をした。

「ちょうどいい教材が届いたな。前回までは部屋を貸し借りする法律の話だった。今日は、その部屋が入っている建物まるごと一棟の法律だ」

廊下とエレベーターは誰のものか

「そもそも私、あのマンションの『どこからどこまで』を持ってるんでしょう。部屋の中は私のものだとして、廊下とか、エレベーターとか、外壁は?」

「いい問いだ。じゃあ聞くが、廊下は誰のものだと思う?」

「管理会社のもの……ですよね? 毎月管理費を払って、掃除も点検も全部やってもらってるんだし」

ヴィクトルはすぐには否定せず、コーヒーを一口飲んだ。

「なるほど。じゃあ、管理組合が今の管理会社との契約を打ち切って、別の会社に乗り換えたとする。その瞬間、廊下の持ち主も入れ替わるのか?」

「……あれ? それは変ですね」

「変だろう。管理会社は、掃除や点検を任されているだけの業者だ。結論から言う。廊下も階段もエレベーターも外壁も、あのマンションの区分所有者全員の共有だ。エマ、君もあの廊下を持分で持っている」

「共有!?」エマは思わず声を上げた。「それ、まずくないですか? 共有って、みんなの同意がないと売れないんですよね。じゃあ私、いつか部屋を売りたくなったら、マンションの全員に同意をもらわないと……」

「その早合点を直すところから始めよう。まず民法の共有の基本ルールだ」

三段階のルールと、自由な持分

ヴィクトルはナプキンに三行書いた。

「共有物への関わり方は、重さで三段階に分かれる。一つ、保存行為。壊れた窓を直すような現状維持だ。これは各共有者が単独でできる。二つ、管理行為。共有物を誰がどう使うか決めたり、短い期間貸したりすること。これは持分の価格の過半数で決める。三つ、変更や処分。形や用途を大きく変えたり、全体を売り払ったりすること。これは全員の同意が必要だ。ただし、形状や効用を著しく変えない軽微な変更なら、管理と同じ過半数でいい」

「じゃあやっぱり、売るには全員の同意が……」

「それは共有物全体を売る話だ。自分の持分だけを売るのは、完全に自由。誰の同意もいらない。それどころか、各共有者はいつでも共有物の分割を請求できる。『もう共有をやめたい、私の取り分をくれ』と言える権利だ」

エマはノートに「持分の処分=自由!」と書きながら、ふと手を止めた。

「待ってください。分割請求が自由? マンションの廊下も共有なんですよね。誰かが『廊下を分割してくれ』って言い出したら、どうなっちゃうんですか」

「そこだ」ヴィクトルは指を立てた。「民法の共有のままでは、マンションは一日も回らない。だから専用の法律がある。区分所有法だ」

一棟を回すための法律

「マンションの一室を買うと、実は三つの権利がセットで手に入る」ヴィクトルは冊子の間取り図を指した。

「一つ目が専有部分。構造上区切られて、独立して住居などに使える部分——つまり部屋の内側だ。ここだけは君の単独所有で、貸すのも売るのも自由。二つ目が共用部分の持分。廊下や階段室のように構造上みんなで使う部分は法定共用部分、集会室や管理人室のように規約で共用部分と定めた部分は規約共用部分と呼ぶ。持分の割合は、原則として専有部分の床面積の割合だ。三つ目が敷地利用権。建物が建っている土地を使う権利だな」

「そして区分所有法は、民法の共有の危ない部分に、二つの鍵をかけている。まず、共用部分の持分と敷地利用権は、専有部分と分離して処分できない。廊下の持分だけ売るとか、部屋は持ったまま土地の権利だけ手放す、ということはできない。分割請求も封じられている。部屋を売れば、三点セットが自動でついていく」

「だから売買のときは、部屋のことだけ考えていればいいんですね」

「もう一つが、多数決の仕組みだ。区分所有者は、マンションを買った瞬間、法律上当然に全員で管理組合(区分所有者の団体)を構成する。入会手続きはないし、脱退の自由もない。そして建物のルールブックである規約を定め、集会で物事を多数決で決めていく。管理者——君のマンションなら理事長だな——は、少なくとも毎年1回集会を招集する義務がある。区分所有者の5分の1以上で議決権の5分の1以上を持つ者が集まれば、招集を請求することもできる。招集通知は、会日の少なくとも1週間前に発する」

「多数決って、何をどれだけ集めれば通るんですか? 議案書に4分の3って書いてありました」

「決議には重さの段階がある。ノートに表を作れ」

決議の種類 主な議題 要件
普通決議 管理に関する事項、軽微な変更 出席した区分所有者・議決権の各過半数
特別決議 共用部分の重大変更、規約の設定・変更・廃止 過半数が出席し、出席者の各4分の3以上
建替え決議 建物を取り壊して建て替える 区分所有者・議決権の各5分の4以上

「議決権の割合も、規約に別段の定めがなければ床面積割合だ。それから、耐震性が足りないなど一定の事情がある建物では、建替え決議の要件が4分の3に緩和される。あともう一つ大事なことがある。規約と集会の決議の効力は、特定承継人——つまり後からその部屋を買った人にも及ぶ。エマ、君は『入会した覚えがない』と言ったが、あの部屋を買った瞬間から、君は規約に拘束される管理組合の一員だったんだ」

議案書は試験問題

「じゃあ、届いた議案書をそのまま過去問だと思って解いてみろ」

エマは冊子を開き直した。

「第2号議案、エントランス照明のLED化。これは……形や効用を著しく変えるわけじゃないから、軽微な変更。普通決議で、出席者の各過半数ですね」

「そうだ。第3号は?」

「規約の変更だから特別決議。過半数の出席と、出席者の頭数と議決権の各4分の3以上。……あ、それに可決されたら、私だけじゃなくて将来この部屋を買う人も民泊禁止に拘束されるんですね。特定承継人だから」

「その通り。もう一問。君の部屋の入居者は、この総会で反対票を投じられるか?」

「入居者さんは……占有者は区分所有者じゃないから、議決権はない。えっと、でも確か」エマはさっきのメモを見返した。「議題に利害関係があれば、集会に出席して意見を述べることはできる。民泊禁止は建物の使い方の話だから、意見は言える。そして可決されたら、建物の使用方法については、入居者も区分所有者と同じ義務を負う」

「完璧だ。権利関係の点の取り方が、だいぶ様になってきたな」

二週間後の日曜、エマは初めて総会の会場に座った。第3号議案の採決で挙手をしながら、不思議な実感が湧いた。あの廊下も、外壁も、エレベーターも、私は持分で持っている。この一票は、その持ち主としての一票なのだ。

後日、その話を聞いたヴィクトルは、頷いてから付け加えた。

「いい感覚だ。ただしな、専有部分も、共用部分の持分も、敷地利用権も、まとめて一つの財産だということは——それがまるごと相続の対象になるということでもある。次は、人の死で権利が動く話だ」

まとめ

確認クイズ

1 / 5

マンションの廊下やエレベーター(法定共用部分)の所有関係として正しいものはどれか。