土地と建物の権利

第3章

家が担保になる仕組み

抵当権の性質と効力の範囲、物上代位、法定地上権、根抵当権。巻2から続く「消えない抵当権」の謎をついに解く

乙区に残っていた名前

法務局から持ち帰った登記事項証明書が、オルゴールのテーブルに広げられていた。エマが購入を見送った、あの中古アパートのものだ。権利部乙区には、はっきりと記録が残っている。「抵当権設定」。抵当権者の欄には、聞いたことのある銀行の名前。

「やっぱりこの物件、地雷だったんですね」エマはその一行を指でなぞった。「契約の直前に気づいた、消えていない抵当権。これを見て私、踏みとどまったんです。……でも正直に言うと、抵当権が何なのか、いまだにちゃんと分かっていません」

「いい機会だ」ヴィクトルはコーヒーカップを置いた。「もう一通、取ってきただろう。自分の部屋のやつ」

エマは鞄からもう一通を出した。自分のたった一戸のワンルームマンション。何気なく乙区を見て、固まった。

「……えっ。抵当権設定って書いてある。私のマンションにも付いてるじゃないですか!」

「絶対買っちゃダメ」のはずが

「ローンを組んで買っただろう。銀行は大金を、担保も取らずに貸したりしない」

「担保って言葉は知ってます。でも、家が担保になるって具体的にどういう状態なんですか? 私、普通にあの部屋を人に貸して、家賃をもらってますけど」

「そこが抵当権の面白いところだ。だがその前に聞いておこう。あの日のお前は『抵当権が消えていない物件は危ない』と判断した。今も、抵当権付きの物件なんて絶対買っちゃダメだと思うか?」

「当たり前じゃないですか」エマは即答した。「返済が終わってない家を買うなんて、他人の借金ごと引き受けるようなものでしょう?」

「結論から言う。それは半分、間違いだ」ヴィクトルは首を振った。「中古物件の売主の多くは、ローンを返し終わっていない。つまり市場に出ている中古物件のかなりの部分は、乙区に抵当権が残ったまま売りに出ている。実務では、決済の日に売主が受け取った代金でローンを完済し、その場で抵当権の抹消登記を申請する。買主への所有権移転の登記と、同時にだ」

「えっ……じゃあ、抵当権が付いていること自体は、普通のことなんですか?」

「普通のことだ。あのアパートの本当の問題は、抵当権があったことじゃない。手付放棄で解除できるはずの契約に妙な違約金条項が入っていて、しかも抵当権をいつどうやって消すのか、誰も説明しなかったことだ。消す段取りの説明がない抵当権は疑え。だが抵当権そのものは、疑う前にまず仕組みを知れ」

使いながら差し出す担保

「抵当権とは何か。結論から言う。目的物を使い続けたまま差し出せる担保だ」

「質屋を思い浮かべればいい。質は品物を預けるから、質に入れた時計は使えない。だが抵当権は占有を移さない。設定した後もお前はあの部屋の所有者のままで、住んでもいいし、人に貸して家賃を取ってもいい。その代わり返済が滞れば、銀行は裁判所に競売を申し立て、売却代金から他の債権者に優先して弁済を受ける」

「使いながら、差し出している……。だから私は、抵当権が付いたまま大家をやれてるんですね」

「そうだ。次に性質を四つ覚えろ。まず付従性。被担保債権——つまりローンが消えれば、抵当権も一緒に消える。ただし登記は自動では消えないから、抹消登記の申請が要る。次に随伴性。債権が譲渡されれば抵当権もついていく。不可分性。残債が一円でも残っていれば、効力は目的物の全部に及ぶ。そして物上代位性。目的物が形を変えたら、その価値にも食いつく」

「形を変える?」

「建物が燃えたら火災保険金に化ける。人に貸せば賃料に化ける。抵当権者はその保険金や賃料を差し押さえて、そこから回収できる。ただし条件がある。払い渡される前に差し押さえることだ。お前の返済が滞れば、入居者の払う家賃を銀行が押さえにくる。そういう仕組みだ」

エマはぞくりとした。毎月の家賃が、法律の上では最初から銀行の射程に入っていたのだ。

「効力がどこまで及ぶかも整理しておく。抵当権の効力は建物本体だけでなく、付加一体物——増築部分のように不動産と一体になった物に及ぶ。判例は、設定当時からあった従物、たとえば庭の石灯籠や取り外しのできる庭石にも及ぶとした。一方で果実——賃料のような収益に効力が及ぶのは、債務不履行の後に生じた分からだ。きちんと返している限り、家賃はお前のものだよ」

抵当権の効力が建物・従物・賃料(物上代位)にどう及ぶかと、競売から配当までの流れを示す図
抵当権の効力と実行の流れ

「それから、同じ不動産に抵当権は何個でも付けられる。順位は登記の先後で決まり、順位を変更するには各抵当権者の合意と利害関係者の承諾、そして登記が必要だ」

土地だけ競売されたら、家はどうなる

「ここまで建物の話だと思って聞いてました。でも先週、法務局で教わりましたよね。土地と建物は別々の不動産だって。じゃあ……土地にだけ抵当権が付いていて、土地だけ競売されたら、上に建っている家はどうなるんですか? 買い受けた人の土地に、他人の家が乗っていることになりますよ」

「いい質問だ。それを解決するのが法定地上権だ。競売で土地と建物の所有者が別人になったとき、建物のために、法律が自動的に土地を使う権利を発生させる。建物を壊させないための制度だ。成立要件は四つ」

ヴィクトルは指を折った。

「一、抵当権設定当時、土地の上に建物が存在すること。二、設定当時、土地と建物の所有者が同一であること。三、土地か建物の一方または双方に抵当権が設定されたこと。四、競売の結果、土地と建物の所有者が別人になったこと。判断の基準時はどれも設定当時だ。試験はここを動かして出題してくる」

「じゃあ、更地に抵当権を付けた後に建てた家は、競売されたら壊すしかないんですか?」

「原則はそうなる。ただし救済がある。一括競売——抵当権者は土地と一緒にその建物も競売にかけられる。ただし優先弁済を受けられるのは土地の代金からだけだ。建物には抵当権を付けていないからな。もう一つ、抵当権の登記より後にその建物を借りて住んでいた賃借人は、買受人に賃借権を対抗できない。ただし即日追い出されはしない。買受人の買受けの時から6か月間は明渡しが猶予される。賃貸借が続くわけではなく、引っ越しの時間だけが与えられる」

「借りる側にも、大家側にも他人事じゃない話ですね……」

「最後に二つ、名前だけ覚えておけ。抵当権付きの不動産を買った第三取得者には、抵当権者の請求に応じて代価を払い抵当権を消す代価弁済と、自分から金額を申し出て消してもらう抵当権消滅請求という道がある。それから乙区で『極度額』の文字を見たら根抵当権だ。決めた枠の範囲で、増減する不特定の債権をまとめて担保する。事業融資の定番だ。元本が確定する前は付従性も随伴性もない。個々の債権が弁済されても消えないし、債権を譲り受けた者が根抵当権を使うこともできない」

更地の罠を解く

「仕上げに一問。本試験風だ」ヴィクトルはナプキンに設例を書いた。

——Aは自己所有の更地に、B銀行のための抵当権を設定した。その後Aは土地上に自宅を建てた。Aの返済が滞り、土地の競売でCが土地を買い受けた。建物のために法定地上権は成立するか。

エマはノートの四要件を指で押さえた。設定当時に建物が存在すること。抵当権を付けたとき、土地は更地だ。建てたのはその後。

「成立しません。一つ目の要件——設定当時の建物の存在を満たさないからです。……ただ、B銀行は建物ごと一括競売にかけることはできる。優先弁済は土地の代金からだけ、ですよね」

「完璧だ」ヴィクトルは頷いた。「乙区の一行から逃げるしかなかったやつが、今は競売の後の建物の運命まで説明できる。抵当権に負ける賃借人、6か月の猶予——今日は貸し借りの入口に触れた。次は賃貸借そのものを根本からやる。大家のお前が、いちばん知らなきゃいけない法律だ」

エマは自分のワンルームの登記事項証明書を、そっと鞄に戻した。乙区の「抵当権設定」の一行が、もう不気味な呪文には見えなかった。

まとめ

確認クイズ

1 / 5

Aは自己所有の更地にB銀行のための抵当権を設定し、その後その土地上に建物を建てた。抵当権が実行され、Cが土地を買い受けた場合に関する記述として正しいものはどれ?