街をかたちづくる法律

第8章

土地を編み直す

土地区画整理法。減歩・換地・仮換地の効果と換地処分、保留地と建築制限

仮囲いの向こうの新しい道

夏の日曜の朝、エマはヴィクトルに連れられて、いつもと反対側の駅の出口に立っていた。改札を出た瞬間、見慣れない風景が広がる。白い仮囲いがどこまでも続き、その向こうに、真新しいアスファルトの広い道路がまっすぐ延びていた。

「ここ、たまに来ると道が変わってる気がしてたんです」

「土地区画整理事業の真っ最中だからな。このあたりは、少し前まで田んぼと畑だった」

エマは先週の話を思い出した。祖父母の畑を題材に、農地法の3条・4条・5条の許可を判定した回だ。農地は許可なく転用できない——逆に言えば、手続きを踏んで転用された農地は、こうして街に変わっていく。その「変わっていく現場」が、いま目の前にある。

仮囲いの切れ目に、小さな標識が立っていた。「仮換地 12街区3画地」。少し先の空き地には「保留地 分譲中」というのぼりも揺れている。

「仮換地? 保留地? ……ヴィクトルさん、この土地、名前がいくつもあるんですけど」

「いい看板を見つけたな。今日のテーマはそれだ。土地区画整理法——土地を一度ほどいて、編み直す法律だよ」

土地が減るなんて聞いてない

歩きながらヴィクトルが口を開いた。「結論から言う。区画整理とは、公共施設の整備改善と宅地の利用増進のために、土地の区画形質を変更する事業だ。曲がりくねった細い道と不揃いな土地を、整った道路と使いやすい宅地に作り替える。そのとき地権者の土地は、位置も形も変わる。そして——たいてい、前より狭くなる」

「狭くなる?」エマは足を止めた。「持ってる土地が減らされるってことですか。タダで? それって財産権の侵害じゃないんですか」

「そう思うだろう。地権者が土地の一部を出し合うことを減歩と言う。侵害かどうか、この道を見て考えてみろ」

ヴィクトルは真新しい道路を指した。「整理前、このあたりの土地の多くは、幅2mもない農道にしか接していなかった。覚えてるか、接道義務」

「敷地は道路に2m以上接しないと……あっ、家が建てられない土地だったんだ」

「そうだ。広くても建物が建てられない土地と、少し狭くなったが広い道路に面した整形の土地。どちらに価値があると思う?」

エマはノートを開き、「減歩=取られる」と書きかけた手を止めた。面積は減る。でも道路や公園ができて、どの土地も使いやすくなる。面積と引き換えに、利用価値を受け取る。

「取られるんじゃなくて、交換なんですね。面積と、価値の」

「それが区画整理の根っこだ。出し合った土地は道路や公園になり、一部は保留地として売却されて事業費に充てられる」

誰が土地を編み直すのか

「この事業、誰がやってるんですか。市ですか?」

「施行者は一種類じゃない。個人でも、地権者が集まって作る土地区画整理組合でも、区画整理会社でも、都道府県や市町村でも、国土交通大臣でも施行できる。試験でよく狙われるのは組合だ」

ヴィクトルは指を折った。「組合は、宅地の所有者または借地権者が7人以上共同して、定款と事業計画を定め、都道府県知事の認可を受けて設立する。そして設立されると、施行地区内の宅地の所有者と借地権者は、全員が組合員になる

「全員? 設立に反対していた人もですか」

「反対していた人もだ。だから手続きに厳しい縛りがある。組合は、事業の経費が足りなければ組合員から賦課金を徴収することもできる」

使えるのは仮換地、売れるのは従前地

「じゃあ、さっきの標識の『仮換地』は何なんですか。換地とは別物?」

「工事は何年もかかる。その間、地権者が土地をまったく使えないままでは困るだろう。そこで施行者は、工事の前に仮換地を指定できる。『あなたの土地は将来ここになる予定だから、工事の間はここを使ってくれ』という割り当てだ。指定されると、従前の宅地は使用収益できなくなり、代わりに仮換地を使用収益できるようになる」

「なるほど。じゃあ仮換地に指定されたら、その土地はもう自分のものになるんですね」

「早合点するな。仮換地の指定で移るのは使用収益する権利だけだ。所有権は従前の宅地に残ったまま

「えっ、じゃあ売りたくなったらどうするんですか? 使っているのは仮換地なのに」

「売るのは従前の宅地だ。抵当権を付けるのも従前の宅地。**使えるのは仮換地、売れるのは従前地。**この分離が本試験でいちばん狙われる」

「工事が終わると、施行者は関係権利者に通知して換地処分を行い、換地処分があった旨が公告される。効果が生じるのは公告があった日の翌日。翌日に、換地は従前の宅地とみなされ、清算金の額が確定し、保留地は施行者が取得する

「翌日、なんですね。当日じゃなくて」

「もうひとつ、この仮囲いの中のルールだ。施行地区内では、事業計画の決定などの公告があった日から換地処分の公告がある日まで、事業の施行の障害となるおそれのある土地の形質の変更や建築物の新築・改築・増築には許可が必要になる。許可権者は原則として都道府県知事。市の区域内で個人・組合・区画整理会社・市が施行する事業では市長、国土交通大臣が施行する事業では大臣だ」

「第1章でやった地区計画は、市町村長への『届出』でしたよね。30日前までの。こっちは『許可』……」

「よく覚えていたな。区画整理は工事と権利の調整が現に動いている場所だから、届出では足りない。許可だ」

のぼりの謎が解ける

帰り道、エマは「保留地 分譲中」ののぼりの前でもう一度立ち止まった。

「これ、施行者が売ってるんですね。換地として定めずに取っておいた土地を売って、事業費に充てる。……あれ? でもまだ換地処分の前ですよね。施行者が保留地を取得するのは公告の翌日のはずじゃ」

「鋭いな。だから正確には、いま案内されているのは『将来保留地になる予定の土地』だ。実務の細かい形は今はいい。試験で問われるのは、保留地は換地処分の公告の翌日に施行者が取得する、という原則のほうだ」

ヴィクトルは歩きながら問題を出した。「Aの宅地について仮換地Bが指定された。①Aは仮換地Bそのものを売却できるか。②Aの従前の宅地を借りたいという人が現れたら、Aは貸して使わせられるか」

エマは指を折って考えた。①売れるのは従前地だから、仮換地Bそのものは売却できない。②従前の宅地はもう使用収益できないから、貸して使わせることもできない。使わせられるとしたら仮換地のほうだ。

「両方正解だ。使用収益と処分を分けて考えられれば、この分野は得点源になる」

帰りの電車で、エマはノートに今日の街を描いた。曲がった農道が整った街路に変わる図。矢印の脇に「面積は減る、価値は増す」。少し前まで畑だった土地が、法律の手順を踏んで新しい街に編み直されていく。暗記科目だと思っていた法令上の制限が、風景の説明書に見え始めていた。

まとめ

確認クイズ

1 / 5

仮換地の指定の効果に関する次の記述のうち、誤っているものはどれ?