街をかたちづくる法律

第5章

建物の大きさを決める数字

建蔽率の緩和、前面道路で決まる容積率、高さ制限と防火地域。広告の「60・200」を電卓で測り直す

広告の「60・200」で皮算用

七月中旬の土曜日。オルゴールの窓の外はもう夏の日差しで、試験まで3ヶ月を切った。テーブルには、エマが自分で探してきた売地の販売図面が一枚のっていた。

「先週の街歩きで再建築不可の怖さが分かったので、今度は『ちゃんと建てられる土地』を探してみたんです。敷地150㎡、第一種住居地域、建蔽率60%・容積率200%。計算しました。建築面積は150×0.6で90㎡まで、延べ面積は150×2で**300㎡**まで。3階建ての小さなアパートがいけます」

ヴィクトルは図面を手に取り、隅々まで目を走らせてから言った。

「結論から言う。この土地に延べ300㎡は建たない」

「えっ。容積率200%って、ちゃんと書いてありますよ?」

「書いてある。嘘でもない。だが200%を使い切れるかどうかは、ここで決まる」ヴィクトルが指したのは、図面の隅に小さく印字された一行——前面道路 幅員約4mだった。

掛け算の「掛ける相手」を疑う

建蔽率と容積率の意味そのものは、エマも知っている。建蔽率は、敷地面積に対する建築面積——建物を真上から見たときの影の面積——の割合。敷地を水平方向にどれだけ覆っていいかの数字だ。容積率は、敷地面積に対する延べ面積——全フロアの床面積の合計——の割合。空に向かってどれだけ床を積んでいいかの数字。

わからないのは、道路の幅がなぜ「積める床の量」に関係するのか、だった。

「接道義務は前章でやりました。道路に2m以上接していればいい。ここは4m道路に接しているから、合格のはずです」

「接道義務は合格だ。だが容積率には、別のルールがもうひとつ絡む。図面とにらめっこするより現地だ。歩くぞ」

数字は現地で測れ

現地は駅から徒歩12分。ヴィクトルは売地の前の道路を、端から端まで大股で歩いてみせた。

「俺の歩幅で5歩ちょっと。約4m。図面どおりだな」そしてエマに向き直った。「前面道路の幅員が12m未満のときは、容積率にもうひとつの上限がかかる。住居系の用途地域なら幅員×4/10、それ以外の地域なら幅員×6/10。都市計画の指定値と比べて、小さい方がその敷地の容積率だ

エマはスマホの電卓を叩いた。4×4/10=160%。指定は200%。小さい方は——160%。

「150㎡×1.6で……240㎡。300㎡だと思っていたのに、60㎡も消えました」

「ワンルーム2〜3室ぶんだ。指定容積率だけ見て家賃の皮算用をすると、最初から2室ぶん見込み違いになる。広告の数字は嘘ではないが、使い切れるとは限らない」

エマはノートに「容積率=指定値と道路幅の小さい方」と書き、図面の余白に「4×0.4=160%」と書き込んだ。

「救いもある」とヴィクトルは続けた。「前面道路が2つ以上あるなら、いちばん広い幅員で計算していい。それから、共同住宅の共用の廊下や階段、エレベーターの昇降路は延べ面積に算入しない。アパートなら住戸の床はもう少し積める。逆に、前章の2項道路を思い出せ。幅4m未満の道ではセットバック部分は敷地面積に算入されない。掛け算のもとになる敷地そのものが目減りするんだ」

増える建蔽率、消える制限

帰り道、日陰を選んで歩きながらエマは訊いた。「建蔽率の60%のほうは、そのままなんですか?」

「建蔽率はむしろ増えることがある。プラス1/10になるカードが3枚ある」

1枚目、防火地域内の耐火建築物等(耐火建築物と、それと同等以上に延焼を防げる建築物)。2枚目、準防火地域内の耐火建築物等・準耐火建築物等。3枚目、特定行政庁が指定する角地。燃えにくい建物のカードと角地のカードは併用できて+2/10。指定60%の角地に準防火地域で準耐火建築物を建てれば、80%まで使える。

「さらに上がある。建蔽率8/10の地域内で、かつ防火地域内にある耐火建築物等には、建蔽率の制限そのものが適用されない。敷地いっぱい100%建てられる。交番や公衆便所のような小さな公共の建物も制限なしだ」

「燃えない建物なら、土地を目一杯使わせてもらえるんですね。建蔽率って嫌がらせじゃなくて、火事のときの空き地を確保するための数字なんだ……」

「そういうことだ。だから防火地域・準防火地域には、建物側の義務もセットになっている。防火地域では、階数3以上(地階を含む)または延べ面積100㎡超なら耐火建築物等にしなければならない。準防火地域では、地上4階以上または延べ面積1,500㎡超で耐火建築物等。それより小さい建物にも段階的な規制がある。そして建物が防火地域と準防火地域の両方にまたがったら、原則として建物全部に厳しい方——防火地域の規制が及ぶ」

「またがる、で思い出しました。前章では、敷地が2つの用途地域にまたがったら『過半』の地域のルールでしたよね。建蔽率と容積率も過半ですか?」

「いい着眼だが、違う。建蔽率と容積率は面積按分——それぞれの地域の数値を、敷地に占める面積の割合で加重平均する。過半で丸ごと決まるわけじゃない」

空にも定規がある

オルゴールに戻ると、ヴィクトルは最後の定規を取り出した。水平(建蔽率)、立体(容積率)ときて、仕上げは高さだ。

コースターの裏の三本勝負

「仕上げに一問」ヴィクトルがコースターの裏に設例を書いた。

「敷地300㎡。うち180㎡が第一種住居地域(指定容積率200%)、120㎡が近隣商業地域(指定容積率400%)。前面道路の幅員は12m以上ある。この敷地の容積率の上限は?」

エマはノートに線を引いた。前面道路は12m以上だから、幅員による制限はかからない。指定値をそのまま按分すればいい。

200%×(180÷300)+400%×(120÷300)=120%+160%=280%

「280%です。延べ面積なら300×2.8で840㎡まで」

「正解。じゃあ、この敷地の用途制限はどっちの地域のルールだ?」

「過半は180㎡の第一種住居地域だから……敷地全体が第一種住居地域として扱われます」

「もし建物が防火地域と準防火地域にまたがっていたら?」

「建物全部に、厳しい方の防火地域の規制です!」

「三本とも取ったな」ヴィクトルは口の端で少し笑った。「法令制限は暗記科目に見えて、理由の科目だ。火事のための空き地、道路とのバランス、隣の家の日当たり。数字の後ろにある風景ごと覚えれば忘れない。——次は『建てる』話をいったん離れる。大きな土地の取引そのものに掛かる網、届出の話だ」

まとめ

確認クイズ

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第一種住居地域(指定容積率300%)内の敷地が、幅員6mの道路(ほかに道路はない)に接している。この敷地の容積率の上限はどれか?