数字と本番

第7章

最後の5問を取りにいく(後編)

土地の地形と建物の構造、統計の読み方

古地図がテーブルを埋めた夜

オルゴールの奥の席が、その夜は地図で埋まっていた。ハンナが会社から持ち込んだ地形図、市役所で配っているハザードマップ、そして茶色く変色した古地図のコピー。10月の本試験まで、もうひと月を切っている。

「前回、広告のチェックリストに『傾斜地の割合』って項目がありましたよね」とエマは切り出した。「あれからずっと引っかかってるんです。傾斜地とか軟弱地盤とか、そもそも土地の善し悪しって、どうやって見分けるんですか」

「それが今日のテーマ。免除科目の後編、問49の土地と問50の建物。それと問48の統計」ハンナはいつもの早口で言った。「法令上の制限を勉強したとき、街を歩いて用途地域やハザードマップを確かめたでしょ。今日はあの街歩きの総集編」

エマは正直、少し気が抜けていた。権利関係や業法の条文に比べれば、土地と建物は常識で解ける気がしたのだ。

「土地と建物なんて、常識問題じゃないんですか。山より平地、崖より平ら。そんな感覚で」

ハンナとヴィクトルが顔を見合わせた。ハンナはにやりと笑って、地形図をエマの前に滑らせた。

「じゃあ試してみよう。この地図の中で、エマさんが家を建てるならどこ?」

「平らで川に近い」は正解か

エマは地形図をのぞき込んだ。等高線が密に走る山際、ゆるやかに広がる台地、川に沿った低地。エマが指したのは、川の近くの平坦な土地だった。周囲より心もち低い、帯のような形の場所だ。

「ここです。平らだから造成もいらないし、川が近くて環境も良さそう」

「残念。そこ、この地図でいちばん選んじゃいけない場所」ハンナは古地図のコピーを地形図の横に並べた。「昔の地図と見比べて。その帯、何に見える?」

エマは二枚の地図を交互に見て、息をのんだ。自分が選んだ帯状の土地の上を、古地図では川が流れている。

「川の跡……?」

「そう。旧河道。川が流れを変えたり、埋め立てられたりした跡。地盤は軟弱で、地震のときは液状化しやすく、大雨のときは真っ先に水が戻ってくる。周りよりわずかに低い帯状の土地は要注意なの」

「じゃあ、じゃあですよ」エマは食い下がった。「自然の地形でもそれなら、人工的に造った埋立地なんて、もっと危ないですよね」

「これがまた、逆のことがある」と今度はヴィクトルが答えた。「埋立地は土を盛って海面より数メートル高く造る。干拓地は水を抜いて陸にするから、海面より低いままのことが多い。だから試験では『埋立地は干拓地より安全性が高いとされる』という趣旨の出題すらある。もちろん埋立地も液状化には弱いがな」

平らで川に近い土地を選び、埋立地を一番危ないと即答する。二連敗だった。常識で解けるという見立ては、ものの五分で崩れた。

土地は高さで読み、名前で確かめる

「結論から言う。土地は高さで読み、名前で確かめるんだ」ヴィクトルはカップを脇にどけ、地形図の上に手を置いた。

「まず高さだ。台地や段丘は水はけが良く、地盤も安定していて、宅地に向いている。ただし同じ台地でも縁は別物だ。崖に近い縁辺部は崖崩れの危険があるし、台地に刻まれた浅い谷には水が集まる。『台地だから安心』ではなく、『台地のどこか』まで見る」

「低いところは、原則として不利だ。ただし例外がある。低地の中でも、自然堤防と呼ばれる川沿いの微高地は、川が運んだ砂でできていて水はけが比較的良く、低地の中では宅地に向く。問題はその背後だ。自然堤防のうしろに広がる後背湿地は、粘土質で軟弱。『自然』とつくほうが良くて『湿地』が悪い、と名前で覚えるんじゃない。微高地か低平地か、地形の高さで決まっているんだ」

ハンナが続けた。「山側もひっかけが多いよ。扇状地は谷の出口に土砂が扇形に積もった地形で、等高線が同心円状になるのが目印。砂れき質で地盤は比較的締まっているけど、土砂が流れ出てくる出口だから、土石流や洪水の通り道でもある。崖錐は崖の下に風化した岩くずが積もった半円すい形の地形で、不安定。地すべり地形は等高線が乱れて波打つ。それから基本中の基本、等高線の間隔が狭いほど急傾斜

エマはノートに断面図を描いた。高いところに「台地=○、ただし縁は×」、低地に「自然堤防=微高地で○」「後背湿地・旧河道=×」、海際に「埋立地>干拓地」。高低差の絵にしてしまうと、名前の呪縛がほどけて、ただの立体の話になった。

建物は骨組みで性格が決まる

「問50の建物も、考え方は同じ。材料の性格を押さえれば、細かい暗記はいらないよ」ハンナはコースターを三枚並べた。

「まず木造。柱と梁で組む在来軸組工法と、枠に面材を打ち付けた壁で支える枠組壁工法——いわゆるツーバイフォーがある。木造の弱点は横揺れ。だから耐震性を高めるには、壁に筋かいを入れる、床組や小屋組の隅に火打材を入れて水平面の変形を防ぐ、そして土台を基礎に緊結する。骨組みを斜め材と金物で固めるイメージ」

鉄骨造は軽くて強くて、大きな空間を作れる。ただし鉄は不燃材料なのに、熱には弱い。火災の高温で強度が落ちて変形する。だから耐火被覆が必要になるし、錆びるから防錆処理も要る。『燃えない=火に強い』と思い込ませるのが試験のひっかけどころ」

鉄筋コンクリート造——RC造は、耐火性も耐久性も高いけど、自重が大きいから地盤を選ぶ。長持ちの鍵は二つ。鉄筋の外側を覆うコンクリートの厚み、かぶり厚さを確保すること。それと中性化への警戒。コンクリートは本来アルカリ性で鉄筋を錆から守っているんだけど、空気中の二酸化炭素に触れて表面から少しずつ中性に変わっていく。中性化が鉄筋まで届くと、錆が始まる」

一戸目の部屋を最終診断する

「じゃあ、仕上げにやってみたいことがあるんです」エマはかばんから、一戸目のワンルームの重要事項説明書を取り出した。「この部屋、買ったときは駅からの距離と空室率しか見ていませんでした。『数字の裏に立地がある』って最初に教わったのに、地形までは読めていなかった。今なら読める気がします」

三人で地形図とハザードマップを重ねた。エマの部屋がある一角は台地の上で、崖からも谷筋からも離れている。ハザードマップの浸水想定区域にも土砂災害警戒区域にも掛かっていない。建物の構造欄には、鉄筋コンクリート造とある。

「台地の上のRC造。地盤も構造も、悪くない買い物だったんですね」エマの声が少し弾んだ。数字で選んだ部屋に、あとから理屈の裏づけが追いついた瞬間だった。

「これで問49と問50は戦える。残るは問48、統計。ただしこれだけは、今日は教えられない」とハンナ。

「教えられない?」

「統計は毎年数字が変わるから、過去の数値を覚えても意味がないの。出るのは決まって、地価公示の地価が上がったか下がったか、建築着工統計の新設住宅着工戸数が増えたか減ったか、法人企業統計の不動産業の売上高や経常利益、それに宅建業者数の増減。つまり『前年より上か下か』の方向感。だから統計だけは、試験直前に最新版を確認する科目なの」

「直前の楽しみが一つ残ったと思えばいい」ヴィクトルはカップを置いた。「これで全科目を一周した。あとは——戦い方だけだ」

まとめ

確認クイズ

1 / 5

土地に関する次の記述のうち、最も不適当なものはどれか。