数字と本番

第1章

買ったときにかかる税金

忘れた頃に届いた納税通知書の正体を検算で解き明かす。不動産取得税の仕組み、住宅と宅地の特例、免税点

忘れた頃に届いた請求書

八月最初の土曜日。オルゴールの奥の席で、エマはいつものノートの横に、分厚いクリアファイルを置いた。一戸目の中古ワンルームを買ったときの書類一式だ。売買契約書、重要事項説明書、登記の書類。その一番奥から、一枚の紙を引き抜く。

「ヴィクトルさん、今日はまず、これの正体を教えてください。『不動産取得税納税通知書』。買ってから半年近く経って、すっかり忘れた頃に県税事務所から突然届いて、本当に心臓に悪かったんです」

ヴィクトルはコーヒーカップを置いて、少し笑った。

「街歩きの最後に言ったとおりだ。土地のルールの次は、お金の締めくくり。税は構造で覚えれば怖くない。ちょうどいい教材を自分で持ってきたじゃないか。試験まであと二ヶ月。税・その他の分野は、ここから一気に仕上げる」

払った税金の地図がない

「正直に言うと、税金がいちばん苦手です」エマはファイルを広げた。「買ったとき、お金は山ほど払ったんですよ。契約書に貼った印紙、登記のときの税金、仲介手数料。全部『これで終わり』だと思っていたら、半年後に別の請求が来た。どの税金が、いつ、誰から来るのか、全体の地図がないまま、言われるがままに払っていた気がします」

「その『地図がない』という自覚が、今日いちばんの収穫だ」ヴィクトルはエマのノートを引き寄せた。「税の分野で問われるのは、税率の丸暗記じゃない。いつ・誰が・何に対して課すのかという構造だ。まず地図を描こう」

不動産の取得時(不動産取得税・印紙税・登録免許税・贈与税)、保有中(固定資産税)、譲渡時(譲渡所得)に、国税と地方税がそれぞれいつ課されるかを整理したマップ
不動産にかかる税金の全体マップ

「不動産の税金は、三つの場面で整理する。買ったとき持っているあいだ売ったとき。そして課す側は、国か、都道府県か、市町村かのどれかだ。今日はこの地図の最初のマス、買ったときの主役——不動産取得税をやる」

45万円のはずが、12万円

「実はこの通知書、ずっと引っかかっていることがあって」エマは金額欄を指さした。「物件価格は1,500万円でした。税率は3%とか4%とか聞いたことがあったから、45万円くらい来ると覚悟していたんです。でも実際に来たのは12万円。……これって、県が計算を間違えてラッキーだった、ってことですよね?」

「残念ながら、県は間違えない。間違えているのはエマの前提のほうだ」

「えっ」

「エマはいま、実際に払った売買価格の1,500万円に税率を掛けただろう。不動産取得税の課税標準は、売買価格じゃない」

「じゃあ、何に税率を掛けるんですか?」

「それはあとで種明かしする。その前にもう一つ確認だ。この税金、どういうときにかかると思う?」

「不動産が手に入ったときですよね。買っても、もらっても、相続しても」

「半分正解で、半分間違いだ。相続では、不動産取得税はかからない

「いつ・誰が・何に」で骨格をつかむ

「順番に整理する。結論から言う。不動産取得税は、不動産の取得に対して、その不動産が所在する都道府県が課す税金だ。だからエマのところには、市役所ではなく県税事務所から通知が来た」

「『取得』というのは、買ったときだけじゃないんですよね」

「そうだ。売買のほかに、交換、贈与。それから家屋の新築や増改築も取得に入る。有償か無償かは問わない。タダでもらう贈与でも課税される。そして登記をしたかどうかも問わない。登記を後回しにしていても、現実に所有権を取得していれば納税義務者になる」

「でも、相続はかからない。……贈与と何が違うんですか? どっちも、もらうだけなのに」

「相続は、本人が選んだ取引というより、人の死亡によって権利が自動的に引き継がれる形式的な所有権の移転だからだ。だから相続や法人の合併などによる取得は非課税とされている。一方、贈与は当事者が選んでする契約だから、原則どおり課税される。試験は毎回のようにここを混ぜてくる」

「で、さっきの宿題です。課税標準が1,500万円じゃないなら、何に税率を掛けるんですか」

固定資産課税台帳に登録された価格。いわゆる固定資産税評価額だ。総務大臣が定めた基準で評価された金額で、実際の売買価格より低いことが多い。通知書に『価格』という欄があるはずだ」

エマは通知書を覗き込んだ。確かに「価格」の欄に、土地200万円、家屋300万円と印字されている。

「合わせて500万円……。買値の1,500万円より、ずっと低い」

「その価格が課税標準の出発点だ。税率は本則4%。ただし住宅と土地は、特例で3%に引き下げられている。住宅以外の家屋、たとえば店舗や事務所は4%のままだ。さらに宅地は、課税標準を価格の2分の1にする特例もある」

「特例、多くないですか……」

「多い。だから『本則4%、住まいと土地はまけてもらえる』という方向感で覚える。そして一番大きいのが新築住宅の控除だ。床面積50㎡以上240㎡以下の新築住宅なら、課税標準から一戸につき1,200万円を控除できる。マイホーム限定じゃない。賃貸アパートでも一戸ごとに使える。共同住宅の貸家なら、一戸40㎡以上でいい。上限の240㎡は同じだ」

「一戸につき1,200万円!? じゃあ、評価額が1,200万円以下の新築なら、建物の取得税はゼロになる……」

「そういうことだ。中古——既存住宅にも、新築された時期に応じた額の控除があるが、こちらは個人が自分の住まいとして取得した場合だけだ。エマのワンルームの通知書に控除が見当たらない理由は、もう分かるな」

「私のは中古で、しかも人に貸すために買ったから……対象外」

「そのとおり。ほかに、一定の住宅用の土地には税額そのものを減らす軽減もある。逆に、課税標準が小さすぎる場合はそもそも課税されない。免税点という。土地は10万円、家屋のうち新築や増改築など建築によるものは一戸23万円、売買などそれ以外は一戸12万円。これに満たなければ課税されない」

「最後に納め方だ。この税金は、自分で申告して納めるんじゃない。都道府県が税額を計算して、納税通知書を送ってくる。この方式を普通徴収という。登記などの情報から県が取得を把握して計算するから、取得から数か月遅れて届くことが多い。『忘れた頃に来た』のは、偶然じゃなく仕組みそのものだったわけだ」

納税通知書を検算する

「じゃあ答え合わせだ。その通知書を、今日の知識だけで検算してみろ」

エマはペンを握り、ノートに書き出した。土地の価格は200万円。宅地だから2分の1の特例で、課税標準は100万円。土地の税率は3%だから、3万円。家屋の価格は300万円。住宅だから税率は3%で、9万円。中古の賃貸用だから、住宅の控除はなし。合わせて——12万円。

「……通知書とぴったり同じです。県は間違えていませんでした」

「自力で検算できたなら、構造は頭に入っている。仕上げにもう一問。エマが将来、新築の賃貸アパートを建てたとする。一戸55㎡が4戸、家屋の評価額は一戸あたり900万円。建物分の不動産取得税はいくらだ?」

「新築だから1,200万円控除。賃貸でも、共同住宅の貸家は一戸40㎡以上だから使える。一戸900万円から1,200万円を引いたら……マイナス。課税標準はゼロだから、建物分の取得税はゼロ円!」

「正解だ。新築の賃貸住宅は、この控除で建物分がゼロになることも珍しくない。——さて、今日の取得税は、買ったときに一度きりの税金だ。だが次はそうはいかない。持っている限り、毎年来る税金がある。そのファイルに、四枚つづりの納付書が入っているだろう」

エマはファイルの中から固定資産税の納税通知書を見つけて、小さくうなずいた。忘れた頃に来る税金の次は、忘れさせてくれない税金だ。

まとめ

確認クイズ

1 / 5

不動産取得税が課される場合はどれか。