数字と本番

第4章

売ったとき、もらったときの税金

ヴィクトルが初公開する自分の売却実例で学ぶ、譲渡所得の3つの特例と贈与税の構造

ヴィクトルの封筒

「今日、少し個人的な話をしようと思う」

いつも落ち着いた口調のヴィクトルが、珍しくA4の封筒をテーブルに置いた。オルゴールの窓から、もう9月の風が入ってくる。

エマは手元の単語帳を伏せた。「何ですか?」

「これ、去年売ったマンションの確定申告の控えだ。税金マップの最後のマス——譲渡時——を、自分の実例で説明したほうが早い」

巻1でヴィクトルが「出口戦略は買う前から考える」と言っていたのを、エマは思い出した。あのとき「売ったらいくら税金がかかるんですか」と聞いたら、「それは税の章でやる」と言われたのだった。あれから半年以上。いよいよその答えが出てくる。

税額の計算に必要なもの

封筒から出てきた書類を見て、エマは「想像よりずっと複雑だ」と思った。

「ヴィクトルさん、これ……式がたくさんありますね」

「整理すると三段階だ。**①売値から取得費と譲渡費用を引いて、課税所得を出す。②その所得に税率をかけて税額を出す。③特例が使えれば、課税所得か税率を下げる。**順番に見ていこう」

エマはノートに書き写した。

「まず①。譲渡所得というのは、売った値段から、買ったときにかかった費用(取得費)と、売るときにかかった費用(譲渡費用)を引いたものだ」

「取得費って、物件の購入価格ですよね?」

「建物については減価償却の話が絡むが、大事なのは取得費が不明だったときの扱いだ。古い物件で購入時の書類が残っていない場合、取得費は『譲渡価額の5%』とみなしてよい。これを概算取得費という」

「5%……かなり少ないですね」

「そうだ。三千万で売ったなら取得費は百五十万とみなす。現実の購入価格より低くなることが多いから、書類はちゃんと保管しておくことだ」

「じゃあ私の1戸目も、領収書は全部取っておかないと」

「そういうことだ」

5年未満で売ったら、ほぼ利益が飛ぶ

「次が②の税率だ。ここが不動産税制でいちばん大事な数字になる。結論から言う。短期か長期か、で税率が倍ちがう

「短期と長期の分かれ目は……所有期間5年ですよね。それは知ってます」

ヴィクトルが少し間を置いた。「じゃあ、もう少し正確に言えるか。5年って、いつからいつまでを数えた5年だ?」

エマは「え」と声が出た。「……買った日から、売った日まで……ですよね?」

「そこが試験でいちばん狙われるひっかけだ」

ヴィクトルはそう言って、エマのノートにこう書いた。

判定基準日 = 譲渡した年の1月1日

「所有期間の長短は、実際に売った日ではなく、その年の1月1日時点で5年を超えているかどうかで判定する。だから仮に2019年の3月に買って、2024年の4月に売ったとしよう。経過年数は『5年と1カ月』に見える。でも2024年の1月1日時点では、まだ4年10カ月しか経っていない。長期にはならない

エマは鉛筆を止めた。「えっ……5年ちょうど経っていても、だめな場合があるんですか」

「そうだ。1月1日時点で5年を超えていなければ、実質的に6年弱は持ち続けないと長期にならないケースがある。これを知らずに売ると、短期の税率——所得税30%——が適用される」

「長期だと……?」

「**所得税15%**だ。倍の差がある」

エマは自分の1戸目のことを計算してみた。購入したのは2年前。まだ長期には全然届かない。

「私が今売ったら……短期で30%か。高いですね」

「そうだ。短期で売るのは、よほどの理由がない限り損だ。ヴィクトルが去年売ったのは、1月1日時点で10年超。長期の15%が適用された」

エマは封筒の書類を見直した。10年。不動産投資は、やはり長い目で見るものだと改めて思った。

居住用財産には3つの特例がある

「ここからが③の特例だ。マイホームを売った場合に限り、税負担を大幅に下げる3つの特例がある。試験では3つの関係——どれが併用できてどれが選択なのか——が必ず問われる

ヴィクトルはナプキンに図を描いた。

特例①: 3,000万円特別控除

「居住用財産を売ったとき、課税所得から最大3,000万円を差し引ける。所有期間の長短は関係ない。短期でも使える、強力な特例だ」

「何か条件は?」

「いくつかある。まず配偶者、直系血族(親・子・祖父母・孫)、生計を一にする親族など、特別の関係がある相手への売却では使えない。身内への売却で節税するのは認めない、ということだ」

「なるほど。それから?」

住まなくなってから3年目の年末までに売ること。引っ越した後も、ずっとこの特例が使えるわけではない。それと——同じ特例を3年に1度しか使えない。前年、前々年にこの特例を使っていたら、その年は使えない」

「3年に1度……転売を繰り返してマイホーム特例を乱用するのを防ぐためですか」

「そのとおりだ」

特例②: 軽減税率の特例(10年超)

「次は税率を下げる特例だ。譲渡した年の1月1日現在、所有期間が10年を超える居住用財産を売ったとき、課税所得の6,000万円以下の部分に通常15%より低い軽減税率が適用される」

「特例①とは……?」

3,000万円特別控除と軽減税率の特例は、あわせて使える。3,000万円を差し引いた後の残りの課税所得に、軽減税率をかけるイメージだ。これが両方使えると、税負担はかなり小さくなる」

特例③: 買換え特例(繰り延べ)

「3つ目は、売って新しいマイホームに買い換えたとき、譲渡益の課税を繰り延べる特例だ。ただしこれは——」

「特例①や②とは選択ですか?」

「そうだ。買換え特例は、3,000万円控除・軽減税率と選択適用になる。どちらが得かは状況次第だが、試験ではこの選択・併用の関係が問われる」

贈与税——もらうときにもかかる

「譲渡の話はひとまずここまでにして、今度はもらう側の税金だ」

「相続税と贈与税ですね」

「宅建で出るのは主に贈与税だ。基本の仕組みは単純で、1年間に贈与を受けた財産の合計額から基礎控除110万円を引いた残りに課税される——これが暦年課税だ」

「110万円以下なら贈与税がかからないんですね」

「そうだ。そして宅建試験でよく出るのが、もう一つの制度——相続時精算課税だ」

「なんか複雑そうな名前ですね」

「仕組みを押さえれば難しくない。60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫に対して贈与するとき、この制度を選択できる。最大2,500万円まで特別控除があり、令和6年1月1日以後の贈与分からはさらに年間110万円の基礎控除も加わった」

「暦年課税と相続時精算課税、どっちを使うか選ぶんですか」

「そうだ。一度相続時精算課税を選んだら、その贈与者からの贈与については暦年課税には戻れない。そして『精算』という名の通り、相続時にその贈与財産が相続財産に加算されて税金が精算される仕組みだ——節税というより課税の繰り延べに近い」

「不動産を親からもらったりするときに使う制度ですね」

「そうだ。住宅取得等資金の贈与については、直系尊属からの一定条件を満たす資金援助に特例があるが、金額は制度改正の影響を受けやすい。試験本番までに最新の要件を確認することを勧める」

まとめ

確認クイズ

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土地を2019年3月に取得し、2024年4月に譲渡した場合、長期・短期の判定として正しいものはどれか。