数字と本番

第6章

最後の5問を取りにいく(前編)

住宅金融支援機構と不動産広告のルール(表示規約)。徒歩1分=80mの切り上げ、新築の定義、おとり広告——実務の知識で免除科目を得点源に変える

模試で落とした最後の5問

九月も半ばを過ぎ、試験まで一か月を切った。オルゴールの奥の席で、エマは模試の成績表とにらめっこしていた。

「税金のマップも、土地の値段のカラクリも、これで歩き終えたね」ハンナが向かいに座り、分厚い紙の束をテーブルに置いた。「残るは最後の5問。問46から問50は、実務の知識で取れる科目だよ」

「その5問、模試で3問も落としたんです」エマは答案の末尾を指さした。「しかも問題冊子に『5問免除』って書いてあって。……私、免除してもらえないんですか?」

「免除されるのは、宅建業の会社で働いている人が登録講習を修了した場合。問46から50が丸ごと免除になる、業界人向けの制度なの。一般受験のエマは、5問とも自力で解く」

「ですよね……。でも、この科目って範囲がつかめないんです。住宅金融支援機構? 景品表示法? 法律の名前は分かっても、何をどこまで覚えればいいのか、ぼんやりしていて」

「大丈夫、この5問は例年、機構・広告のルール・統計・土地・建物という顔ぶれでほぼ固定。今日は前半の2つをやろう。——というわけで、これ」

ハンナが紙の束をエマの前に滑らせた。一番上に「広告審査チェックリスト」、その下に物件広告の校正紙が挟まっている。

「うちの会社でいま審査中の広告案。エマが広告審査係になったつもりで、おかしいところを探してみて」

駅徒歩10分は誰が測っているのか

広告案には大きな文字が躍っていた。「駅徒歩10分・新築・格安マンション」。

「前から不思議だったんですけど、駅徒歩10分って、誰がどう測ってるんですか? 不動産屋さんが実際に歩いてストップウォッチで?」

「いい質問。答えは、道路距離80mを徒歩1分として機械的に計算する。歩く速さの個人差とは関係なく、地図上の道路距離で決まるの。この物件、駅から道路距離850m。さて何分?」

エマは暗算した。850割る80は10.6と少し。「10.6分……四捨五入でも切り捨てでも、徒歩10分でいけますね」

「アウト。端数は切り上げ。10.6分なら徒歩11分。この広告案は1分サバを読んでる」

「切り上げなんだ……。じゃあ『新築』は? 完成したのは去年の6月で、まだ誰も住んでいませんって書いてあります」

「いまは9月。完成から何か月たった?」

「1年3か月。でも誰も住んでいない、ピカピカの未使用ですよ? 新築でいいんじゃ……」

「これもアウト。表示規約で**『新築』と表示できるのは、建築後1年未満で、かつ未使用のもの**だけ。どんなにきれいでも、1年を過ぎたらもう新築とは名乗れない」

エマはうなだれた。「2連敗です。……あ、でもローンの欄は分かりますよ。『フラット35利用可』。フラット35って、住宅金融支援機構が貸してくれる公的なローンですよね。1戸目を買ったとき、銀行で名前を聞きました」

ハンナがにやりと笑って隣を見た。いつの間にか合流していたヴィクトルが口を開く。

「結論から言う。機構は、個人に住宅ローンを直接は貸さない。フラット35で金を貸すのは、あくまで民間の金融機関だ」

貸さない銀行と、盛れない広告

「昔の住宅金融公庫は、たしかに個人へ直接貸していた。だがいまの住宅金融支援機構は、民間の後ろ盾に回った。柱になるのが**証券化支援業務(買取型)**だ」

ヴィクトルはナプキンに矢印を描いた。銀行→機構→投資家。エマはそれをノートに写す。

「民間の金融機関が、フラット35のような長期・固定金利の住宅ローンを貸す。長期固定は、金利が変動するリスクを銀行が長く抱え込むから、民間だけでは扱いにくい。そこで機構がそのローン債権を買い取り、それを裏付けにMBS(資産担保証券)を発行して、投資家から資金を集める。貸すのは民間、支えるのが機構という役割分担だ」

「じゃあ機構がお金を貸すことは、一切ないんですか?」

「例外がある。民間では貸しにくい分野に限って、直接融資が残っている。災害復興のための建設・購入資金。子育て世帯向けや高齢者向けの賃貸住宅の建設資金。高齢者が自宅をバリアフリー化や耐震改修する資金——これは死亡時一括償還という仕組みで、生きている間は利息だけを払い、元金は亡くなったときにまとめて返す。それからマンションの共用部分のリフォーム資金。並べてみろ、どれも普通の銀行が及び腰になる案件だろう」

「ほんとだ。……逆に、私が普通にマイホームや2戸目の物件を買うお金は?」

「貸さない。それは民間の仕事だ。試験では『機構は個人の一般の住宅購入資金を直接貸し付ける』という誤りの選択肢が定番になる。ほかに、返済中の借り手が死亡・重度障害になったとき、保険金を残債の返済に充てる団体信用生命保険の業務も機構がやっている。大家としても縁のある仕組みだ」

「広告のほうも種明かしするね」とハンナがチェックリストをめくった。「さっきの80mも新築も、根っこは不動産の表示に関する公正競争規約——通称、表示規約。私たちの広告は全部これに縛られてる」

「中でも一番重いのがおとり広告の禁止。①そもそも存在しない物件、②存在するけど取引の対象になり得ない物件——たとえば売却済み、③存在するけど取引する意思がない物件——お客を呼び寄せて別の物件を売り込むための撒き餌ね。この3つは広告に載せた時点で違反。売れたのに掲載を放置するだけでも②に当たる」

「それから、うちのチェックリストで赤字になっているのが特定用語。『完全』『万全』みたいに欠点ゼロを意味する言葉、『日本一』『抜群』みたいに他社より上を意味する言葉、『格安』『破格』みたいな安さの強調は、裏付けになる根拠を示せないなら使えない。逆に、買主に不利な事実は明示する義務がある。市街化調整区域の土地なら、宅地の造成や建物の建築はできない旨をはっきり書く。接道義務を満たさない土地なら『建築不可』や『再建築不可』。敷地に傾斜地を多く含むなら、その旨と割合。マイナス情報ほど、大きくはっきり書くのがルールなの」

「広告って、盛るのが仕事だと思ってました」

「逆。表示規約は盛れないようにするルールの塊。ありもしない高い旧価格を並べて値引きに見せる、二重価格表示のごまかしも制限されてる」

赤ペンの広告審査係

「じゃあ総仕上げ。その広告案、赤ペンで直してみて」

エマはペンを握り、さっきまでとは違う目で校正紙を見た。

「まず『駅徒歩10分』は道路距離850mだから11分に修正。『新築』は建築後1年3か月なので使えない。『未入居』などに直す。『格安』は根拠の表示がないから削除。……それからこの隅の物件、先週成約済みってメモが貼ってあります。載せたままだとおとり広告になるので、落とします」

「満点。もうひとつ、物件概要の欄もよく見て」

「『南側斜面につき眺望良好』……あれ? 敷地のかなりの部分が傾斜地ってこと? だったら、いいことみたいに書くだけじゃなくて、傾斜地を含むことと割合の明示が要ります」

「そこまで見えれば、うちの審査係が務まるよ」ハンナは校正紙を回収して笑った。「これで機構と広告の2問はもらった。残りの統計・土地・建物は次回ね」

ヴィクトルがカップを置いた。「いま『傾斜地』と言ったな。次はその土地そのものの見分け方だ。宅地に向く土地、向かない土地——お前の物件の足元の話でもある」

まとめ

確認クイズ

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住宅金融支援機構の業務に関する記述のうち、誤っているものはどれ?