四枚の納付書
オルゴールの奥の席に着くなり、エマはクリアファイルから封筒を取り出した。市役所から春に届いた、固定資産税の納税通知書。中から出てきた納付書は、一枚ではなく四枚ある。
「前回は、買ったときに一度だけ来る不動産取得税の通知書を検算しましたよね。今日はこっちを持ってきました。毎年来るほうです」
「いい持ち込みだ。ノートの税金マップで言えば、『取得』のマスから『保有』のマスへ進んだことになる。取得税は一度きり、固定資産税は持ち続ける限り毎年。大家にとって、いちばん長い付き合いになる税金だ」
エマは納付書を日付順にテーブルへ並べた。納期限は4月、7月、12月、2月。一年分を四回に分けて払う仕組みらしい。通知書には「課税明細書」というページも付いていて、部屋と敷地の持分それぞれに「価格」と「課税標準額」という欄がある。そして敷地のほうは、課税標準額が価格よりはるかに小さい。
「まず、これが謎なんです。『価格』と『課税標準額』って何が違うんですか? 敷地の課税標準額、価格の6分の1くらいしかないんですけど」
「いい目のつけどころだが、それは今日の山場だから最後に取っておこう。先に骨格からだ。この通知書、誰が、誰に対して、何を根拠に送ってきている?」
「日割りで払う」の勘違い
「市役所から来たので、市が、所有者の私に、ですよね」
「そう。固定資産税は、不動産が所在する市町村が課す市町村税だ。県税事務所から来た不動産取得税とは、送り主が違う。じゃあ次だ。もしエマがこの部屋を今年の6月に売ったとしたら、今年の固定資産税は誰が払う?」
エマの頭に、ハンナの会社の商談室で重説を教わった日の記憶がよみがえった。「代金以外に授受される金銭」の欄に、たしか「固定資産税の清算金」という項目があったはずだ。
「それ、重説の勉強でやりました。日割りで精算するんですよね。引渡しの日を境に、前半は私、後半は買主。市役所がそれぞれに請求書を送り直してくれる、と」
「半分合っていて、肝心なところが間違っている」
ヴィクトルはカップを置いた。
「結論から言う。固定資産税の納税義務者は、賦課期日——その年の1月1日——現在、固定資産課税台帳に所有者として登録されている者だ。年の途中で売ろうが、市にとってその年の納税義務者は1月1日の所有者のまま動かない。6月に売っても、この納付書は四枚目までエマ宛てのままだ。市は日割りなんてしてくれない」
「えっ。6月に手放したのに、私が一年分全額払うんですか? 買主はゼロ?」
「市に対しては、そうなる。だから実務では、引渡し日を境に日割り計算した清算金を買主から売主へ渡して、当事者どうしで帳尻を合わせる。エマが重説で見たのはその精算金だ。あの日割りは法律上の義務じゃない。ただの当事者間の合意だ。だから試験で『年の途中で売買があった場合、売主と買主は日割りで納付しなければならない』とあったら、誤りになる」
「役所は1月1日しか見ていない……」エマはノートに「1月1日の所有者が全額/日割りはただの話し合い」と書きつけた。
役所は1月1日しか見ない
「骨格を続けよう。『何に対して、いくら』の部分だ。課税標準は、固定資産課税台帳に登録された価格——つまり固定資産税評価額。前章の取得税と同じで、実際の売買価格ではない。エマの部屋は1,500万円で買ったが、明細の『価格』はそれよりずっと低いだろう」
「はい、半分以下でした。ちょっと得した気分になりましたけど、あれが正常なんですね」
「その価格は3年ごとに評価替えされる。毎年ゼロから評価し直すのではなく、原則3年間据え置く。そして税率は標準税率1.4%。『標準』というのが大事で、市町村は条例でこれと異なる税率を定められる。財政の苦しい町が少し高くする、ということも実際にある」
「例外をひとつだけ。土地に質権が設定されていればその質権者、100年より永い存続期間の地上権が設定されていればその地上権者が納税義務者になる。『所有者課税の例外』として選択肢に紛れ込むことがある」
「所有者じゃない人が払う場合もあるんだ……。で、山場はまだですか」
「今からだ。敷地の課税標準額が価格の6分の1しかなかった理由——住宅用地の課税標準の特例だ。人が住む住宅の敷地は、課税標準が大きく圧縮される。200㎡以下の部分は価格の6分の1。これを小規模住宅用地という。200㎡を超える部分は3分の1だ。エマのマンションの敷地持分は小さいから、まるごと6分の1が効いている」
「だからきれいに6分の1……! じゃあ、たとえば300㎡の住宅の敷地だったら?」
「200㎡までの部分が6分の1、残り100㎡の部分が3分の1。敷地全体が3分の1に切り替わるわけじゃない。『以下の部分』で区切る、ここが試験の急所だ」
エマはノートに面積の図を描いた。200㎡で線を引き、左に「1/6」、右に「1/3」。
「そういえば、どこかで『新築だと固定資産税が半分になる』って読んだことがあります。あれもこの仲間ですか? 新築なら課税標準がさらに2分の1になる、みたいな」
「混ぜたな。それは別の制度で、減らすものが違う。新築住宅の特例は、課税標準ではなく税額そのものを減らす。床面積50㎡(一戸建て以外の貸家住宅は40㎡)以上280㎡以下といった要件を満たす新築住宅は、120㎡までの部分の税額が、新築後3年間——3階建て以上の中高層耐火建築物なら5年間——2分の1に減額される。こちらは適用期限のある時限措置だから、『そういう構造の特例がある』と押さえておけばいい」
「あとは細かい数字を三つ。同じ市町村内で同じ人が持つ固定資産について、課税標準の合計が土地30万円・家屋20万円(償却資産は150万円)未満なら、そもそも課税されない。免税点という。次に納期。原則は4月・7月・12月・2月中で、具体的な日は市町村の条例で定める。そして納め方は、納税通知書が送られてくる普通徴収。エマの四枚の納付書がまさにそれだ」
「もし、この『価格』自体がおかしいと思ったら、どうすればいいんですか? 隣は安いのにうちだけ高い、みたいな」
「そのための仕組みが二段構えである。毎年4月ごろ、納税者は土地価格等縦覧帳簿・家屋価格等縦覧帳簿を見て、同じ市町村内のほかの土地や家屋の価格と見比べることができる。縦覧制度だ。自分の資産の台帳を確認する『閲覧』とは別物で、縦覧は他人の価格と比較するための制度だ。それでも納得できなければ、台帳に登録された価格への不服として、固定資産評価審査委員会に審査の申出ができる。市町村長ではなく、独立した委員会が受けるのがミソだ」
更地にした瞬間、跳ね上がる
「最後に、大家として知っておくべき怖い話をしよう」ヴィクトルは紙ナプキンに設例を書いた。
——土地200㎡、固定資産税評価額1,800万円。上に古い住宅が一戸建っている。税率1.4%。
「この土地の固定資産税は、いくらだ」
エマは計算した。住宅の敷地で200㎡以下だから、全部が小規模住宅用地。課税標準は1,800万円の6分の1で300万円。掛ける1.4%で——。
「4万2,000円です」
「正解。じゃあ、この古い家を取り壊して更地にしたら?」
「特例が外れるから、課税標準は1,800万円のまま……掛ける1.4%で、25万2,000円!? 6倍じゃないですか」
「単純計算ではな。実際には負担調整という別の仕組みが絡むから、きっかり6倍にはならないが、大きく跳ね上がることに変わりはない。この特例は住宅が建っていることが条件だからだ。——さて、ここから世の中で何が起きると思う? 誰も住まないボロボロの家でも、壊した瞬間に土地の税金が跳ね上がるとしたら」
「壊さないで放置する……。あっ、空き家問題ってこれですか」
「その一因と言われている。税の特例は、人の行動まで変えてしまう。逆にエマは大家だから、この特例の恩恵をずっと受ける側だ。物件を持ち続ける限り毎年顔を合わせる税金だからこそ、通知書を自分で読めることが武器になる」
エマは四枚の納付書をファイルに戻した。ノートの税金マップは、「取得」と「保有」のマスが埋まった。残るは「紙と登記」、そして「譲渡」。
「次回は、契約書と登記にぺたりと貼り付いてくる税金——印紙税と登録免許税だ。金額は小さいが、試験では細かいところを突いてくる」
まとめ
- 固定資産税は不動産所在の市町村が課す(東京23区は特例で都)。納税義務者は1月1日(賦課期日)現在の固定資産課税台帳上の所有者。年の途中で売ってもその年の納税義務者は変わらず、日割り精算は当事者間の合意にすぎない
- 課税標準は固定資産税評価額(3年ごとに評価替え)。税率は**標準税率1.4%**で、市町村の条例で変更できる
- 住宅用地の特例は課税標準を圧縮: 200㎡以下の部分が6分の1、超える部分が3分の1。住宅を壊して更地にすると特例が外れ、税額が大きく跳ね上がる
- 新築住宅の特例は税額を減額: 床面積要件を満たせば120㎡までの部分が3年間(中高層耐火建築物は5年間)2分の1。課税標準の特例と混同させる出題に注意
- 免税点は課税標準の合計が土地30万円・家屋20万円・償却資産150万円未満。納期は原則4月・7月・12月・2月中(条例で変更可)の普通徴収。価格に不服があれば縦覧で比較し、固定資産評価審査委員会に審査の申出
確認クイズ
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ある年の6月、AはBに自宅の土地建物を売却し、引渡しと所有権移転登記も完了した。この年の固定資産税の納税義務について正しいものはどれ?