契約を守る砦

第8章

新築の十年保証

品確法の10年責任と住宅瑕疵担保履行法。資力確保措置(供託・保険)と基準日の届出

契約書のいちばん後ろの一枚

土曜日の午後、ハンナの会社の商談室。テーブルには、来週契約予定だという新築建売住宅の書類が一式並んでいた。「模試の前に、実物で総復習しましょ」というハンナの提案で、エマは重要事項説明書から順に、一枚ずつ読み解いていく。

重説、37条書面の案。ここまでは、この巻で学んだ知識で読める。ところが、いちばん後ろに見慣れない一枚が挟まっていた。「保険付保証明書」——住宅瑕疵担保責任保険。発行者は、聞いたことのない保険法人の名前だ。

「ハンナさん、新築の家に、保険? 火災保険なら買主が入るものですよね。売主の側が保険に入っているって、どういうことですか」

「いいところに気づいた」ハンナはにやりと笑った。「先週は、ルールを破った業者がどう罰されるかを見たでしょ。指示処分、業務停止、免許取消し。今日のは罰の話じゃない。それとは別系統の、約束が守られなかったときに買主のお金を守る仕組み。この巻の最後にふさわしい、買主保護の最後の砦よ」

「新築なら二年でいい」の思い込み

エマはノートを開き、疑問を言葉にした。この保険は、誰が、何のために、誰を守るものなのか。

「瑕疵って、昔の言葉ですよね。巻2では『契約不適合』って習いました。それなら任意規定だから、特約で軽くもできるはず。しかも第5章でやりました——宅建業者が売主なら、通知期間を『引渡しから2年以上』とする特約までは有効。だからこの新築の家も、売主の責任は実質、引渡しから2年。違いますか?」

「残念。試験ならその選択肢は罠よ」ハンナは早口で切り込んだ。「新築住宅には、もう一枚、別の法律がかぶさっているの。住宅品質確保法——品確法。これがある限り、2年どころか、10年間は外せない」

「じゅ、10年!?」

新築だけの十年ルール

「品確法はこう決めている」ハンナは書類の間取り図を引き寄せた。「新築住宅の売買では、売主は構造耐力上主要な部分雨水の浸入を防止する部分の瑕疵について、引渡しから10年間、責任を負う。基礎、柱、耐力壁。屋根、外壁と、その開口部。家の骨格と、雨をしのぐ皮膚の部分ね。ここでいう新築住宅は、建設工事の完了から1年以内で、まだ誰も住んだことのない住宅のこと。ちなみに品確法では『瑕疵』という言葉が今も現役で、中身は契約不適合とほぼ同じ意味と考えていい」

「特約で短くは……」

「できない。買主に不利な特約は無効。逆方向はよくて、20年まで伸ばす特約は有効。一方通行のルールなの」

エマは食い下がった。「どうして新築だけ、そんなに手厚いんですか。中古は特約しだいなのに」

「構造や雨漏りの欠陥は、住んですぐには顔を出さないからよ。数年たって床が傾く、壁に雨染みが浮く。そのとき期間が2年で切れていたら、買主は泣き寝入り。住宅は多くの人にとって人生最大の買い物だから、法律が責任の底を10年に固定した——というわけ」

責任があっても、お金がなければ

「でも」とエマは保険付保証明書に目を戻した。「10年の責任があっても、その間に売主の会社が倒産したら? 責任を負う相手がいなくなりますよね」

「それが実際に起きたのよ」ハンナの声が少し低くなった。「構造計算書の偽装が発覚した事件でね。売主が倒産して、買主たちは10年保証を持ったまま、請求する相手を失った。ローンだけが残った。その反省から生まれたのが住宅瑕疵担保履行法。10年の責任に、支払い能力の裏づけ——資力確保措置を義務づけた法律よ」

方法は二つある、とハンナは指を二本立てた。

一つ目は住宅販売瑕疵担保保証金の供託。過去10年間に引き渡した新築住宅の戸数に応じた額のお金を、供託所に預けておく。戸数を数えるとき、床面積55㎡以下の住宅は2戸で1戸と数える。二つ目は保険。国土交通大臣が指定する住宅瑕疵担保責任保険法人と保険契約を結ぶ。保険金額は2,000万円以上、期間は引渡しから10年以上。売主が倒産しても、買主は保険法人に請求できる。

「この別紙は二つ目の証明ってわけ。実務では保険を選ぶ会社が多いわね。供託は、まとまったお金を寝かせておける会社向け。それと、どちらの場合も、売買契約を締結するまでに、保証金を供託している供託所の所在地なんかを書面で説明する義務がある。重説と同じで、契約の前よ」

「この義務って、どの業者にもあるんですか? たとえばこの案件、ハンナさんの会社は媒介ですよね」

「そこが最大のひっかけどころ。義務を負うのは、宅建業者が自ら売主として、宅建業者でない買主に新築住宅を売る場合だけ。うちみたいに媒介で入るだけの業者には義務はない。買主が宅建業者なら、これも不要」

「あっ——『自ら売主』プラス『買主がシロウト』。8種制限と同じ枠組みだ!」

三月三十一日の宿題

「そしてもう一つの試験の定番が、数字の管理」ハンナは指を三本に増やした。「基準日・3週間・50日」

基準日は毎年3月31日。宅建業者は、基準日ごとに、保証金の供託や保険契約の締結の状況を、基準日から3週間以内に免許権者へ届け出る。資力確保措置を講じない、あるいは届出をしないと、基準日の翌日から起算して50日を経過した日以後、新たに自ら売主となる新築住宅の売買契約を締結できなくなる。

「契約が結べないって、事実上の営業停止じゃないですか」

「そう。前の章の監督処分とは別ルートで、商売が止まる。だから実務では、4月は届出の季節。忘れると洒落にならないの」

十八点の答案

「仕上げに一問」ハンナが口頭で出題する。「宅建業者Aが、自ら売主として宅建業者でないBに新築住宅を売却し、宅建業者Cが媒介した。Cも資力確保措置を講じなければならない。○か×か」

「×です。義務は自ら売主のAだけ。媒介のCには義務なし」

「Aが保険で資力確保措置を講じる場合、保険金額は1,000万円以上であればよい。○か×?」

「×。2,000万円以上で、期間は引渡しから10年以上」

「完璧。じゃあ——本番、いくわよ」

その週末、オルゴールの奥の席で、エマは宅建業法の模擬試験20問に挑んだ。重説、37条書面、8種制限、報酬、監督処分、そして今日の10年保証。ヴィクトルが黙って採点し、答案を差し出した。

18/20。落としたのは報酬計算の端数処理と、案内所の届出の細かい論点だけだった。

「結論から言う。合格圏だ」ヴィクトルが静かに言った。

「業法は満点勝負の科目だけど、18点ならもう仕上げの段階」ハンナが答案を覗き込む。「一年前のエマ、違約金の条項が読めなくて契約をやめた人と同一人物とは思えない。合格圏が見えてきた。残りは法令上の制限と税。ここからは、ヴィクトルさんの出番よ」

「法令上の制限は、机の上でやると死ぬほど退屈だが、街を歩きながら学ぶといちばん面白い分野だ」ヴィクトルはコーヒーを飲み干した。「次は、ノートと歩きやすい靴を持ってこい」

まとめ

確認クイズ

1 / 5

宅建業者Aが自ら売主となり、宅建業者でないBに新築住宅を売却する契約を、宅建業者Cが媒介した。住宅瑕疵担保履行法の資力確保措置について正しいものはどれ?