契約を守る砦

第6章

仲介手数料の計算式

報酬の限度額。速算式、貸借の特例、空家等の特例、消費税

領収書の中の5万1,000円

オルゴールの奥の席で、エマは一枚の古い領収書をテーブルに置いた。1戸目のワンルームを買ったとき、仲介してくれた不動産会社に支払った仲介手数料——「561,000円」。

「先週のモデルルームは、業者が自ら売主のときの『八つの盾』の話でしたよね。でも私の1戸目は、売主は個人で、不動産会社は仲介でした。業者が売主のときの規制はわかった。じゃあ業者が仲介のとき、このお金はどう決まってるんだろうって」

「いい流れね」とハンナが身を乗り出した。「8種制限は業者が売主のときの盾。今日は業者が媒介・代理をするときのお金の話。不動産屋さんの言葉では仲介手数料、法律と試験の言葉では報酬。上限は国土交通大臣の告示で決まっていて、試験では計算問題がほぼ毎年出る」

「実は私、ネットで『仲介手数料は3%+6万円』って見て、検算してみたんです。物件価格は1,500万円でした。1,500万×3%で45万、6万を足して51万円。……でも領収書は56万1,000円。5万1,000円も多いんですよ。これ、上限オーバーで返してもらえるんじゃ……」

ヴィクトルが隣で小さく笑った。「結論から言う。その領収書は、1円単位で上限ぴったりだ」

「えっ。じゃあ私の計算のどこが……」

「抜けが二つある」とハンナが引き取った。「ひとつは消費税。もうひとつは、エマさんが『どさくさに紛れて足されてる』と思っているその6万円の正体」

ナプキンに描かれた三段の階段

「まず消費税。報酬の上限は税抜で計算して、業者が課税事業者なら最後に消費税10%を上乗せできる。51万×1.1は?」

「56万1,000円。……ぴったりだ」

「ね。多くもらいすぎでも、ぼったくりでもない。次に、6万円の正体」。ハンナは紙ナプキンを広げ、三段の階段を描いた。

「報酬の本来の計算は、代金を三つの部分に分けて、部分ごとに率を変えて積み上げるの。200万円以下の部分は5%、200万円を超えて400万円以下の部分は4%、400万円を超える部分は3%。エマさんの1,500万円なら——最初の200万に5%で10万、次の200万に4%で8万、残りの1,100万に3%で33万。合計51万円」

「あ、51万。さっきの速算式と同じ数字……」

「そう。毎回三つに分けて足すのは面倒だから、全体にいちばん低い3%を掛けて、安く計算しすぎた分をあとから足すのが速算式。全体を3%にすると、最初の200万は本当は5%なのに3%——2%分の4万円の取りこぼし。次の200万は本当は4%なのに3%——1%分の2万円の取りこぼし。合わせて6万円。それが『+6万円』の正体」

エマはナプキンの階段をノートに描き写した。どさくさどころか、6万円は階段の「段差」をきっちり埋めるための数字だったのだ。

「売買はもう一つだけ。代理なら媒介の2倍まで受け取れる。ただし相手方からも受け取る場合や、複数の業者が一つの取引に関わる場合でも、全員が受け取る合計は『媒介の2倍』が上限。取引一件あたりの報酬の総枠は変わらないの」

大家のエマが払っているほうのお金

「じゃあ貸借は? 私、部屋を貸すとき不動産会社にお金を払ってますけど」

「貸借の媒介は売買よりシンプル。貸主と借主から受け取れる合計で、借賃の1ヶ月分+消費税が上限。ただし居住用建物には追加ルールがあって、依頼者の承諾を得ていない限り、一方から受け取れるのは2分の1ヶ月分まで

「承諾があれば1ヶ月分になるんですね。……あれ? 私、家賃1ヶ月分を払った気がします」

「たぶん承諾してる。媒介の依頼書に『報酬は借賃の1ヶ月分とすることを承諾します』という欄があったはず。ここで試験のひっかけ——承諾は媒介の依頼を受けるにあたって、つまり媒介契約の成立までに得ておく必要がある。報酬を請求する段になってから『承諾してくださいね』では遅いの」

「あと一つ」とヴィクトル。「事務所や店舗——居住用建物以外の貸借で、返還されない権利金が授受されるなら、その権利金を売買代金とみなして速算式で計算してもいい。借賃1ヶ月分と比べて高いほうを選べる。居住用建物では使えない特例だ」

安い物件ほど誰も運びたがらない

「速算式で気づいたんですけど」とエマはノートから顔を上げた。「800万円の物件だと、報酬は30万円ちょっと。100万円の物件なら5万円。手間は高い物件とそんなに変わらないのに……これ、安い物件の仲介って割に合わなくないですか?」

「鋭い。それが空き家問題の一因でもあるの。報酬が小さすぎて誰も仲介したがらず、安い物件ほど市場に流れない。だから告示に特例が置かれた——低廉な空家等の特例。代金800万円以下(税抜)の宅地・建物の売買・交換の媒介では、通常の上限に現地調査等の費用を上乗せして、合計30万円(税抜)まで受け取れる。空家『等』だから、空き家そのものでなくても800万円以下なら対象。売主側・買主側どちらの依頼者からもこの特例が使えて、代理ならその2倍が枠になる」

「業者さんの言い値で30万円になっちゃうんですか?」

「そこに歯止めがある。媒介契約を結ぶ際に、あらかじめ報酬額を説明して依頼者と合意しておくことが要件。あとから『特例なので30万円です』は通らない。それから貸借にも似た特例があって、長いあいだ使われず今後も使われる見込みのない建物などの貸借では、貸主から受け取れる報酬の上限が借賃の2ヶ月分(税抜)まで広がる。こちらも事前の説明と合意が前提よ」

「報酬の枠の外でもらえるお金はないんですか? 広告費とか」

「原則、報酬にぜんぶ込み。例外は依頼者から頼まれて行った広告の料金や、依頼者の特別の依頼による費用だけ。頼まれてもいない通常の広告費を上乗せしたら違反。そして最後に一番大事なこと——上限を超える報酬は、受け取らなくても『要求しただけ』で宅建業法違反になる。請求書を出した時点でアウト」

過去問で腕試し

「じゃあ仕上げ」とハンナが手帳を開いた。「宅建業者A(課税事業者)は、売主Bから媒介の依頼を受け、土地3,000万円、建物1,100万円(消費税込み)の土地付建物の売買契約を成立させた。AがBから受け取れる報酬の上限は?」

エマは電卓を引き寄せた。まず、ひっかけの消費税から。建物1,100万円は税込だから、税抜に直して1,000万円。本体価格は土地3,000万円と合わせて4,000万円。400万円超だから速算式は3%+6万円で、4,000万×3%+6万=126万円。Aは課税事業者だから、最後に×1.1。

「138万6,000円、です。先に抜いて、後で掛ける」

「満点。じゃあAが媒介じゃなくて代理だったら?」

「2倍まで……277万2,000円。あ、でも相手方からももらうなら、合計で277万2,000円までしかダメ」

「完璧。その調子なら報酬の2点は取れたも同然ね」

エマは領収書をしまいながら、少し笑った。あのとき何も知らずに払った56万1,000円は、法律が引いた上限ぴったりの金額だった。「……上限どおりに取られてた、とも言えますけどね」とハンナがいたずらっぽく付け足す。

「じゃあ、もし上限を超えて取る業者がいたら、どうなるんですか?」

「それが次の話。ルールを破った業者と宅建士がどうなるか——監督処分と罰則よ」

まとめ

確認クイズ

1 / 5

宅建業者A(課税事業者)は、売主から媒介の依頼を受け、土地2,000万円、建物2,200万円(消費税込み)の売買契約を成立させた。Aが売主から受領できる報酬の上限はどれか。