契約を守る砦

第7章

ルールを破った代償

指示処分・業務停止・免許取消し。宅建士への監督処分と罰則

「もし、限度額を超えて受け取ったら?」

ハンナの会社の商談室。エマがドアを開けると、ハンナは業界新聞を広げたまま、珍しく渋い顔をしていた。

「どうしたんですか?」

「同業の処分事例よ。よその県の話だけど、重要事項説明をさぼって、おまけに限度を超えた報酬まで取っていた業者がいてね。社名も処分の内容も、公表されてる」

エマはどきりとした。ちょうど前回、仲介手数料の限度額と速算式を教わったばかりだ。計算式は覚えた。でも、その先を考えたことがなかった。

「あの……もし、限度額を超えて受け取ったら、どうなるんですか? 罰金ですか? それとも、免許がなくなっちゃうんですか?」

「いい質問ね。今日は『ルールを破った代償』の話をしましょう。地味に見えて、試験では毎年のように出る分野よ」

罰する側の仕組みが見えない

エマはノートに、これまでの二巻で学んだルールを書き出してみた。免許、宅建士、営業保証金、媒介契約、重要事項説明、37条書面、8種制限、報酬。守るべきルールはたくさん覚えた。でも——。

「破ったらどうなるか、を私、何も知らないんです。誰が罰するのか。免許をくれた大臣や知事なのか、営業している土地の知事なのか。罰の重さも、注意で済むのか、免許を取り上げられるのか、それとも刑務所行きなのか」

「整理すると、問いは三つね。**処分は何段階あるか。誰が処分できるか。どこからが刑罰か。**この三つが分かれば、この分野はほぼ制覇よ」

「悪いことをしたら即、免許取消しでしょ?」

「じゃあ聞くけど」とハンナはペンをくるりと回した。「さっきの新聞の業者、重説をさぼったのよ。免許はどうなったと思う?」

「取消しですよね。重要事項説明って、この巻の最初に学んだ、いちばん大事な義務じゃないですか。それを破ったんだから、即、免許取消し」

「残念。業務停止6か月。免許は残ってる」

「ええっ。法律、甘くないですか?」

「甘いんじゃなくて、段階があるの。会社で言えば、口頭注意、出勤停止、懲戒解雇の順で重くなるでしょ。行政処分の世界も同じで、違反の重さに応じたはしごになってる」

エマの「悪いことをしたら即取消し」という思い込みは、ここであっさり崩れた。

三段階のはしごと、はしごを外せる人

「業者への監督処分は三段階」とハンナはホワイトボードに書き始めた。

「軽いほうから、指示処分。『こういう措置をとりなさい』と行政が命じるもの。次が業務停止処分1年以内の期間を定めて、業務の全部または一部を止められる。そして最も重いのが免許取消処分よ」

「次に、誰が処分できるか。ここが本試験の狙われどころ。指示と業務停止は、免許権者——免許を与えた国土交通大臣や知事——に加えて、業務地を管轄する知事もできる。甲県知事免許の業者が乙県で悪さをしたら、乙県知事も指示や業務停止ができるの。でも——」

「でも?」

免許取消しだけは、免許権者にしかできない。免許は、与えた者しか取り上げられない。乙県知事にできるのは業務停止まで」

「それから、免許取消しには『取り消すことができる』ではなく『取り消さなければならない』——行政に選択の余地がないパターンがある。必要的免許取消しよ。欠格事由に該当した、不正の手段で免許を受けた、業務停止事由に該当して情状が特に重い、業務停止処分に違反した、免許を受けて1年以内に事業を開始しない・引き続いて1年以上事業を休止した、廃業の届出をしないままその事実が判明した——このあたりは問答無用で取消し」

「休んでいるだけで取消し、は厳しくないですか?」

「免許は『実際に営む意思と能力のある者』に与えるものだから、棚に飾っておくだけの免許は回収されるの。あと、手続の話も二つだけ。処分の前には公開による聴聞——本人の言い分を聞く場が必ず開かれる。そして業務停止と免許取消しをしたときは、その旨が公告される。さっきの新聞公表の元がこれ。指示処分は公告されない」

「処分までいかない段階では、指導・助言・勧告という柔らかい働きかけもあるし、行政は業者に報告を求めたり、事務所に立入検査したりもできる。処分は、この監視の網の先にあるのよ」

ノートの上の、業者と宅建士

エマはノートに三段のはしごを図解した。そして、ふと手が止まる。

「これ、会社への処分ですよね。じゃあ、実際に悪いことをした宅建士本人はどうなるんですか?」

「いい着眼点。宅建士にも三段階あるの。指示処分事務禁止処分——1年以内の期間を定めて宅建士としてすべき事務を禁止する——そして登録消除処分。構造は業者とそっくりで、指示と事務禁止は登録している知事に加えて、行為地の知事もできる。でも登録消除は、登録している知事にしかできない

エマはノートの左に業者(指示→業務停止1年以内→免許取消し)、右に宅建士(指示→事務禁止1年以内→登録消除)と並べて書いた。きれいに対になっている。

「最後に、刑罰。監督処分は行政の処分だけど、悪質なものは別枠で刑事罰の対象になる。重いものだけ覚えて。無免許営業と名義貸し——自分の名義で他人に宅建業を営ませること——は3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金で、併科もある。業界の最重量級ね。しかも両罰規定といって、行為者本人だけでなく法人も罰金を科される。この最重量級クラスなら法人には1億円以下の罰金。ちなみに古いテキストの『懲役』は、いまの条文では『拘禁刑』に変わってるから注意して」

「前回の報酬の話とも、つながりますか?」

「つながる。限度を超えて受領すれば業務停止事由。そして不当に高額な報酬は、要求しただけで1年以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金の対象。それと、面白いひっかけをひとつ。37条書面を交付しないと50万円以下の罰金。でも重要事項説明をさぼっても、罰則はないの」

「えっ。あんなに大事な重説に、罰則がないんですか?」

「罰則はないけど、監督処分でしっかり絞られる。さっきの業務停止6か月がまさにそれ。『罰則がない=お咎めなし』ではないのよ。じゃあ腕試し。甲県知事の免許を受けた業者Aが、乙県内の業務で取引の公正を害する行為をした。乙県知事はAの免許を取り消せる?」

「取り消せません! 免許取消しは免許権者の甲県知事だけ。乙県知事ができるのは、指示か、1年以内の業務停止までです」

「満点。その調子なら、ここは得点源になるわね」

まとめ

確認クイズ

1 / 5

甲県知事の免許を受けた宅建業者Aが、乙県内の業務に関し取引の公正を害する行為をした。乙県知事が「できない」ものはどれ?