プロを縛るルール

第6章

事務所に置くべきもの

標識・報酬額の掲示・帳簿・従業者名簿の五点セットと、モデルルームなど案内所の規制

ハトのマークの隣にあるもの

土曜の午後、エマはハンナの会社の商談室にいた。前回、保証協会のしくみを教わったとき、壁の会員証とハトのマークをまじまじと眺めたが、今日はその隣が気になっていた。額に入った、見慣れない掲示物が二枚並んでいる。一枚には「宅地建物取引業者票」、もう一枚には「報酬額」という文字が見える。

「ハンナさん、この二枚、なんだかお店の営業許可証みたいですね」

「いいところに目をつけた」ハンナは打ち合わせ資料を脇に置いて、にやりと笑った。「それ、趣味で貼ってるんじゃないの。宅建業法が『事務所に置け』と命じているもの。——じゃあエマさん、ゲームをしよう。この事務所には、法律で備え付けが義務づけられているものが全部で五つある。今見つけた二つのほかに、あと三つ。今日の打ち合わせが終わるまでに探してみて」

「五点セット……!」エマはノートに「業者票(標識)、報酬額の掲示」と書きつけ、商談室を見回した。

五点セット探しゲーム

エマは壁を眺め、棚を眺め、受付のカウンターまで観察したが、それらしい掲示物はもう見つからない。

「降参です。ヒントください」

「ヒントその一。残り三つのうち二つは、貼るものじゃなくて『備えるもの』。お客さんからは普段見えない」ハンナはカウンターの内側から分厚いファイルを二冊持ってきた。「これが③帳簿と④従業者名簿。帳簿には取引があったつど、年月日とか物件の所在、価額なんかを記載していく。従業者名簿は、ここで働く人の氏名や従業者証明書の番号を載せた名簿」

「地味……。でも確かに『置くもの』ですね。じゃあ、最後の一つは?」

「ヒントその二。最後の一つは、物じゃなくて人」

エマははっとした。「宅建士さん! 前に教わりました。事務所には、業務に従事する人の五人に一人以上の割合で、成年の専任の宅建士を置かなきゃいけないって」

「正解。①専任の宅建士、②報酬額の掲示、③標識、④帳簿、⑤従業者名簿。これが事務所の五点セット」

モデルルームも「事務所」でしょ?

エマはノートに五つを書き並べながら、ふと先週末のことを思い出した。駅の反対側に新築マンションのモデルルームがオープンして、風船を持った家族連れでにぎわっていたのだ。

「ということは、ああいうモデルルームにも、この五点セットが全部あるんですね。あそこも不動産会社の『事務所』みたいなものだし」

「はい、ひっかかった」ハンナは楽しそうに指を一本立てた。「モデルルームや現地案内所は『事務所』じゃない。だから五点セットをまるごと置く義務はないの。たとえば報酬額の掲示は事務所だけ。帳簿も従業者名簿も、備えるのは事務所ごと」

「えっ、じゃあ案内所は何もしなくていいんですか? お客さんがいちばん集まる場所なのに」

「何もしなくていい、も間違い。案内所には案内所のルールがある。ポイントは『そこで契約や申込みの受付をするかどうか』で、規制が二段階に分かれること」

五つの備え付けと、二つの保存期間

ハンナはホワイトボードに線を引いた。

「まず事務所の定義から。本店は、そこで宅建業をやっていなくても常に事務所扱い。支店で宅建業を営んでいれば、本店は司令塔として必ず数えられるから。逆に支店は、宅建業を営んでいるものだけが事務所。ここ、試験で最初に聞かれるところ」

「次に帳簿と名簿。ここは保存期間がひっかけの定番。帳簿は各事業年度の末日で閉鎖して、閉鎖後五年間保存する。ただし、業者が自ら売主になる新築住宅の取引に関するものは十年間。新築住宅は、構造耐力上主要な部分などについて売主が十年間責任を負うから、記録のほうも十年残すの」

「じゃあ、従業者名簿も五年ですか?」

「そこが罠。名簿は最終の記載をした日から十年間保存。しかも名簿には、帳簿にはない義務がもう一つある。取引の関係者から請求があったら、閲覧させなきゃいけない」

「名簿には見せる義務があって、帳簿にはない……。逆に覚えてしまいそうです」

「人つながりでもう一つ。従業者には従業者証明書を携帯させる義務があって、取引の関係者から請求があれば提示する」ハンナは名刺入れから顔写真入りのカードを出して見せた。「宅建士証とは別物よ。それで、さっきのモデルルームの話に戻ると——契約や申込みの受付をする案内所なら、必要なものは三つ。①標識、②成年の専任の宅建士を一人以上。事務所みたいに五人に一人じゃなくて、一人いればいい。③届出。業務を開始する日の十日前までに、免許権者と、案内所の所在地を管轄する都道府県知事の両方に届け出る。逆に、物件を案内するだけで契約をしない案内所なら、標識だけでいい」

紙の上の分譲地

「じゃあ仕上げに、過去問風のクイズ」ハンナはホワイトボードに設例を書いた。

「売主の宅建業者Aが、百区画の宅地を分譲する。媒介の依頼を受けた宅建業者Bが、現地から少し離れた駅前に案内所を設けて、そこで申込みを受け付ける。さて、標識は誰が、どこに掲げる?」

エマはノートに図を描いた。分譲地とAの旗、駅前の案内所とBの旗。

「案内所を設置したのはBだから……案内所の標識はB。でも、分譲地そのものにも何か要りそうです。物件があるのはAの分譲地だから、そこにはAの標識?」

「完璧。案内所には設置した業者の標識、物件の所在する場所には売主の標識。二つの掲示は別々に考える。じゃあ追加問題。Bの案内所に必要な専任の宅建士は何人? 届出は誰に出す?」

「申込みを受け付けるから、一人以上。届出は、業務開始の十日前までに、Bの免許権者と、案内所の所在地の知事の両方へ」

「満点。おまけにもう一つ。もし事務所で専任の宅建士が退職して、五人に一人の割合を割ってしまったら、二週間以内に補充などの必要な措置を取る。ここまでセットで覚えれば、この分野は丸ごと得点源。実務では、この掲示や名簿を行政がちゃんと見に来る。でも試験で聞かれるのは、さっきエマさんがはまった『どこに・何が・いつまで』の入れ替えのほう」

エマはノートの図を見直した。事務所には五点セット。契約する案内所には三点。契約しない案内所には標識だけ。数字は五年・十年・十日前・二週間。壁の二枚の額がただの飾りではなく法律の要求だとわかった今、この会社の風景が少しだけ違って見えた。

まとめ

確認クイズ

1 / 5

宅建業者が事務所に備える帳簿・従業者名簿に関する記述のうち、誤っているものはどれ?