応接室の額縁
駅前のビルの二階。エマは初めて、ハンナの勤める不動産会社の応接室に通された。オルゴールの奥の席とは違う、書類と印鑑の匂いがする部屋だ。
壁に、額縁に入った掲示物が並んでいる。その一枚に「宅地建物取引業者票」とあり、免許証番号の欄に「県知事(4)第〇〇〇〇号」と書かれていた。
「この、カッコの中の4って何ですか?」
「更新回数。免許の有効期間は五年だから、(4)ってことは、少なくとも十五年以上この街で商売してる計算になる。お客さんはあまり見ないけど、同業者は真っ先に見る数字」
ハンナは早口でそう言うと、エマの向かいに腰を下ろした。前回オルゴールで、エマは「アパートを貸している自分は無免許営業なのでは」と青ざめ、自ら貸借は取引に当たらないと知って胸をなで下ろしたばかりだ。免許が要る行為と要らない行為。その線引きは頭に入った。
「じゃあ次の質問。この免許って、申請すれば誰でももらえるんですか?」
「いい順番で聞いてくれた。前回が『どの行為に免許が要るか』。今日は『誰が免許をもらえるか』。試験では毎年のように出る論点だから、ここは満点科目の稼ぎどころ」
「もらえない人」のリスト
ハンナはホワイトボードに大きく「欠格事由」と書いた。
「けっかく、じゆう……?」
「免許をもらえない人の条件リスト。宅建業法の第5条に並んでる。免許の審査って、事務所や資金だけじゃなくて『その人がプロとして信用できるか』を見るの。だからリストに一つでも当てはまると、免許は拒否される」
エマはノートに書きつけた。免許の審査には二つの顔がある。何をするかという「行為」の審査と、誰がやるかという「人」の審査。今日はその「人」の話だ。
「たとえばどんな人が載ってるんですか?」
「破産して復権を得ていない人。刑罰を受けた人。過去に免許を取り消された人。暴力団員。ざっくり言うと『お金』『前科』『処分歴』『反社』の四系統。で、ここからが本番なんだけど——エマさん、前科がある人は免許をもらえると思う?」
前科があったら永久にダメ?
「もらえない、ですよね。お客さんの大金を預かる仕事だし……一度罪を犯したら、一生免許はもらえないんじゃないですか」
「はい、間違い。一生アウトになる欠格事由は、基本的にない。原則は『五年』。刑の執行を終わるか、執行を受けることがなくなった日から五年を経過すれば、免許はもらえる」
「えっ、意外と短い……じゃあ、どんな罪でも五年待てばいいんですか?」
「それも間違い。今度は逆方向のね」ハンナはにやりとした。「五年すら待たなくていい場合と、罰金刑ですらアウトになる場合。両方あるの。ここが本試験のひっかけ製造地帯」
エマはペンを持ったまま固まった。永久にダメだと思ったら五年で、五年だと思ったら即オーケーの場合もあり、軽い罰金でもアウトの場合もある。リストは一枚岩ではないらしい。
五年ルールの地図
「整理するよ。まず刑罰系」ハンナはボードに図を描き始めた。
「拘禁刑以上の刑に処せられたら、罪名を問わず欠格。昔の懲役と禁錮は、いまは拘禁刑に一本化されてる。五年の起算点は、刑の執行を終わった日か、執行を受けることがなくなった日。刑務所を出てから五年、と覚えていい」
「罰金だったら?」
「罰金は原則セーフ。ただし例外の罪だけアウト。宅建業法違反、傷害・暴行・脅迫みたいな暴力系の罪、そして背任罪。この範囲の罰金刑だけ、執行を終わってから五年欠格になる」
「じゃあ……詐欺罪で罰金になった人は?」
「免許もらえる。意外でしょ。詐欺や横領は罰金なら欠格事由に入ってない。もちろん拘禁刑まで行けばアウトだけど、罰金止まりならセーフ。試験はここを毎回のように突いてくる」
「次に、五年を待たなくていいパターン。執行猶予が付いて、その期間を無事に満了したら、刑の言渡し自体が効力を失う。だから満了の翌日から、五年待たずに直ちに免許オーケー。それから、判決に不服で控訴・上告中の人。刑がまだ確定してないから、そもそも『刑に処せられた』に当たらない。欠格じゃない」
「破産した人はどうなんですか? さっき四系統の最初に出てきた……」
「破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者が欠格。裏返すと、復権を得れば直ちにオーケー。ここにも五年は付かない」
「処分歴の系統もある。免許を不正の手段で取った、情状が特に重い不正不当行為をした、業務停止処分に違反した——この三つの理由で免許を取り消された者は、取消しから五年欠格。しかも、取消処分の聴聞の公示があった後に、処分を逃れようと自分から廃業の届出をしても、届出から五年は同じく欠格。駆け込み廃業は通用しない」
「逃げ得を許さない設計なんですね」
「そういうこと。あと、暴力団員と、暴力団員でなくなってから五年経たない人も欠格。そして大事なのが連帯責任。法人の役員や、支店長みたいに事務所の代表権を持つ政令で定める使用人——政令使用人って呼ぶ——の中に一人でも欠格者がいたら、その法人自体が免許をもらえない。営業に関して大人と同じ行為能力を持たない未成年者なら、法定代理人が欠格かどうかも見られる」
エマのノートには、「五年」を中心に、直ちにオーケーの矢印と、罰金でもアウトの罪名が枝分かれした地図ができあがっていた。
もらった後も続く手続き
「じゃあ実務の話。免許は、もらって終わりじゃない」ハンナは業者票を指さした。「この額縁の中身が変わったら、届出が要る。変更の届出——商号や名称、役員や政令使用人の氏名、事務所の名称と所在地、それから専任の宅建士の氏名。業者名簿に載っているこれらが変わったら、三十日以内に免許権者へ届け出る」
「辞めるときは?」
「廃業等の届出。廃業・解散・破産・合併消滅・死亡の五つ。これも原則三十日以内。ただし一つだけ起算点が違うのがある。エマさん、どれだと思う?」
「……死亡、ですか? 本人は届け出られないから」
「正解。死亡のときは相続人が届出義務者で、死亡の事実を知った日から三十日以内。死亡した日からじゃない。相続人が何ヶ月も後に知ることだってあるからね。ちなみに免許自体は死亡の時点で失効してる。届出はその後始末」
「じゃあ最後に、過去問っぽく出すよ。一問目。宅建業者A社の取締役の一人が、傷害罪で罰金刑に処せられた。A社の免許はどうなる?」
エマは地図をたどった。傷害罪は暴力系。罰金でもアウトの例外リストに載っている。役員が欠格なら、法人も——。
「役員が欠格事由に該当するので、A社自体が欠格。免許は取り消されます」
「正解。二問目。県知事免許の業者Bが、隣の県にも事務所を新しく構えることにした。どんな手続き?」
「えっと、事務所の変更の届出……?」
「ひっかかった。事務所が二つ以上の都道府県にまたがったら、免許権者そのものが知事から国土交通大臣に変わるでしょ。これは届出じゃなくて免許換え。新しい免許権者に申請して、新免許を受けたときに従前の免許は効力を失う。有効期間も新しく五年で数え直し」
前回学んだ「事務所の所在で免許権者が決まる」という線引きが、こんなところにつながってくるのか。エマは悔しさ半分でノートに追記した。
「これで、会社が免許をもらって商売を続けるまでの一本道は見えたね。でも、まだ大事な話が残ってる」ハンナは胸元から名刺を取り出し、「宅地建物取引士」の文字を指でたたいた。「会社の免許と、人の資格。宅建業法は二本立てなの。次は、エマさんが合格したらもらうことになる——宅建士証の話」
まとめ
- 欠格事由の原則は「五年」。拘禁刑以上の刑は罪名を問わず、罰金刑は宅建業法違反・暴力系・背任のみ欠格(詐欺罪の罰金は欠格でない)
- 執行猶予は期間満了で直ちに免許可。控訴・上告中は刑が未確定なので欠格でない。破産も復権すれば直ちに可
- 三つの理由(不正取得・情状特に重い・業務停止処分違反)の免許取消しと、聴聞公示後の駆け込み廃業は五年欠格
- 役員・政令使用人に欠格者が一人でもいれば、法人も免許を受けられない
- 変更の届出・廃業等の届出はいずれも三十日以内。ただし死亡だけは相続人が知った日から三十日以内。事務所の都道府県構成が変わったら届出ではなく免許換え
確認クイズ
1 / 5
次のうち、宅建業の免許を受けることができない者はどれ?