プロを縛るルール

第3章

宅建士証というパスポート

合格・登録・宅建士証の三段階、登録の移転、専任宅建士の設置義務をゴールから逆算して学ぶ

胸ポケットのカード

平日の夕方、エマは仕事帰りに駅前のハンナの会社に寄った。商談室のテーブルには、宅建業法のテキストとノートが広がっている。

「この前は、会社がもらう免許の話でしたよね」とエマはノートのページをめくった。応接室の壁で見た業者票、免許番号のカッコの中の数字が更新回数だという小ネタまで、図解つきで書き込んである。「免許がないと宅建業はできない。そこまでは分かったんです。でも……」

エマはテキストの目次を指さした。「『宅地建物取引士』って、免許とは別の章になってるんですよ。会社が免許を持っているなら、それで商売はできるんじゃないんですか?」

ハンナはにやりと笑うと、ジャケットの胸ポケットから顔写真入りのカードを取り出し、テーブルの上を滑らせた。

「これが宅地建物取引士証。会社の免許は会社のもの。こっちは私個人の名前で、知事から交付されたもの。まったくの別物よ」

カードには氏名と登録番号、そして「有効期間」の文字。運転免許証にそっくりだ。エマは思わず身を乗り出した。

会社の免許と、個人の資格

「宅建業法には主役が二人いるの」ハンナは指を二本立てた。「会社がもらう免許と、個人が取る宅建士の資格。この二本立て。免許は『この会社は商売をしていい』という許可。でも取引の場面には、宅建士でなければ法律上できない仕事が三つあって、免許だけ持っていても、宅建士がいなければ会社は取引を進められない」

「宅建士にしかできない仕事が、三つ……」

「そう。エマさんが試験で目指すのは、この『個人』のほう。そして合格からこのカードを手にするまでの道のりが、そのまま試験の頻出論点になってる」

「じゃあ聞きますけど」エマはカードを見つめた。「私が十月に合格したら、その日から宅建士を名乗れるんですよね? このカードもすぐ届く?」

「合格した日から宅建士」ではない

ハンナは首を横に振った。

「残念。それ、受験生が最初に踏む地雷。試験に合格しただけでは、まだ宅建士ではないの。法律の上ではただの『合格者』。宅建士と呼ばれるのは、登録を受けて、宅建士証の交付を受けた人だけ」

「えっ。じゃあ合格しても、その『三つの仕事』は一つもできないんですか?」

「一つもできない。合格→登録→宅建士証の交付。この三段階をそろえて初めて宅建士の事務ができる。よし、逆算してみようか。エマさんがこのカードを手にするまでに、あと何が要るか」

ゴールから逆算する二つの関門

ハンナはホワイトボードに三つの箱を描き、矢印でつないだ。

「関門その一、登録。申請先は、合格した試験を実施した都道府県知事。エマさんが東京都で受かれば東京都知事ね。ただし条件があって、二年以上の実務経験があるか、なければ国土交通大臣の登録を受けた登録実務講習を修了すること」

「実務経験はゼロです……講習を受ければいいんですね」

「そういうこと。それから、免許のところでやった欠格事由とほぼ同じ関門が登録にもある。破産して復権を得ていない人や、一定の刑から五年たっていない人は登録できない。前に作った表がそのまま流用できるから、あとで見比べてみて。そして、ここが大事——登録そのものに有効期間はない。消除されない限り一生有効」

「え? でもこのカード、有効期間って書いて……」

「それが関門その二、宅建士証。登録している知事に申請して交付を受ける。有効期間は五年。更新のときは、知事が指定する法定講習を交付申請前六ヶ月以内に受講する。ただし、合格から一年以内に交付を受けるなら講習は免除。だから合格者はみんな、さっさと申請するの」

「登録は一生、カードは五年」エマはノートに二段重ねの箱を描いた。「もし引っ越したり、転職したりしたら? 登録は東京のままでいいんですか?」

「試験が大好きな論点きた」ハンナの声が半音上がった。「勤務先が他の道府県の業者の事務所に変わったときは、その知事に登録の移転を申請できる。『できる』——義務じゃなくて任意。移転しなくても仕事は全国どこでもできる。そして、住所を移しただけでは移転はできない。移転が使えるのは勤務地が変わるときだけ」

「このカードの使いどころも言っておくね。重要事項の説明をするときは、相手から請求されなくても必ず提示。それ以外の場面でも、取引の関係者から請求があれば提示する。実務では、重説の冒頭にこれを出して名乗るのが儀式みたいなものよ」

「もし不祥事を起こしたら、カードはどうなるんですか?」

「事務禁止処分を受けたら、交付を受けた知事にカードを提出する。預ける形だから、期間が明ければ返してもらえる。登録が消除されたり、証が効力を失ったりしたら返納——こっちは返ってこない。ちなみに宅建士が死亡したときは、相続人が死亡を知った日から三十日以内に届け出る。免許のときと同じリズムでしょ」

五人に一人の見張り役

「最後に、会社の側から見た宅建士の話。この事務所、営業も事務も合わせて十五人いるんだけど、宅建士は最低何人必要だと思う?」

エマは少し考えた。「重説のときに誰かいればいいなら……一人?」

「惜しい。事務所には、業務に従事する者の五人に一人以上の割合で、成年者である専任の宅建士を置く義務がある。十五人なら三人以上。それから、契約行為を行うような案内所には、人数にかかわらず一人以上

「センニン……?」

「専任。その事務所に常勤して、もっぱら宅建業の仕事に専念する人のこと。ここでさっきの話とつながる。三つの独占事務は、専任でない宅建士でもできる。設置義務の話と独占事務の話は別物。『重要事項の説明は専任の宅建士が行わなければならない』という選択肢が出たら、自信を持って誤りと切る」

「もし退職で人数が足りなくなったら?」

二週間以内に補充などの必要な措置を執る。三十日じゃないところがポイント。届出関係の三十日と混ぜた選択肢が定番のひっかけよ」

商談室の三本勝負

「仕上げに過去問風で三本勝負」ハンナはマーカーを置いた。「第一問。甲県で合格して甲県知事の登録を受けているAが、乙県に住所を移した。Aは乙県知事に登録の移転を申請しなければならない。○か×か」

「×です。住所の変更では移転できないし、そもそも移転は任意だから『しなければならない』も間違い。……あ、一つの文に罠が二重に入ってる」

「いい読みっぷり。第二問。従業者四十人の事務所には、専任の宅建士を六人置けば足りる。○か×か」

エマは指を折った。四十割る五で八。「×。八人以上必要です」

「最終問題。宅建士は、重要事項の説明の際、相手方から請求があった場合に宅建士証を提示すればよい」

「×! 重説のときは請求がなくても提示、です」

「三連勝。受験生の多くは、ここの数字を混同したまま本番に行くの。エマさんはもう大丈夫そうね」

エマはノートに「合格→登録→宅建士証」の三つの箱を描き直し、矢印の下に「実務講習」「法定講習・五年」と書き添えた。十月の試験は、この地図の最初の箱にすぎない。でも、ゴールのカードから逆算した道筋は、もうはっきり見えていた。

まとめ

確認クイズ

1 / 5

宅地建物取引士の「登録の移転」に関する記述として、正しいものはどれか。