大家への第一歩

第5章

節税のからくり

「節税になるからお得」という営業トークを、エマが減価償却の仕組みから検証する

「税金が戻ってきます」

「今日は、ずっと引っかかってた言葉を持ってきました」とエマは切り出した。「営業の人が、いちばん最後に言ったんです。『このマンションを買えば、節税になります。払った税金が戻ってきますよ』って。キャッシュフローがマイナスなのは前に習いました。でも、税金が戻るなら、それで取り返せるんじゃないですか」

ヴィクトルは「その言葉は、いちばん多くの人を落とす」と言って、コーヒーカップを置いた。

「節税、という言葉のからくりを分解しよう。これがわかると、営業の話の九割は、自分で見抜けるようになる」

現金は減っていないのに、経費?

「まず、減価償却という仕組みから話す。建物は、時間とともに古びて価値が下がっていくだろう。国は、その値下がりぶんを、毎年『経費』として認めてくれる。三千万円の建物なら、その価値を何十年かに分けて、少しずつ経費に計上できるんだ」

「ここで一つ、大事な注意がある」とヴィクトルは付け加えた。「経費にできるのは、建物のぶんだけだ。土地は対象外になる。マンションを三千万円で買っても、その中には土地の値段と建物の値段が混ざっている。たとえば土地が千二百万、建物が千八百万、というふうにな。減価償却できるのは、この建物の千八百万のほうだけだ」

「どうして土地はダメなんですか」

「土地は、古びないからだ。建物は年々ボロくなって価値が下がるが、土地そのものは、五十年経ってもそこにあり続ける。値下がりしない前提だから、経費にする理屈が立たない。だから、同じ値段の物件でも、建物の割合が大きいほうが、経費にできる額が大きくなる。この土地と建物の按分は、節税の効き目を左右する、地味だが重要なポイントだ」

「でも、その年に建物のぶんを一度に払うわけじゃないですよね。買ったときに一回払っただけで」

「そこが肝心だ。**減価償却は、実際には現金が出ていかないのに、帳簿の上では経費になる。**だから、家賃で利益が出ていても、この『出ていかない経費』を引くと、帳簿上の利益はぐっと小さくなる。ときにはマイナス——赤字にもなる。税金は利益にかかるから、帳簿が赤字なら、税金は減る。会社員なら、給料で払いすぎた税金が戻ってくることもある。これが『節税』の正体だ」

「じゃあ、やっぱりお得じゃないですか。税金が戻るなら」

「落ち着け。ここからが本番だ」

節税額と、財布の中身は別物

ヴィクトルはナプキンに、二つの数字を並べて書いた。

「例のワンルームで考えよう。家賃から経費とローンの利息を引いて、さらに減価償却を引くと、帳簿上は年に十五万円の赤字になったとする。この赤字のおかげで、給料の税金が数万円戻る。営業はこれを『節税』と呼ぶ」

「でも」とヴィクトルは続けた。「その裏で、実際の財布はどうなってる。キャッシュフローは、前に習ったな。家賃から、経費と、ローン返済——利息だけじゃなく元本も含めた返済額を引く。減価償却は現金が出ないから、キャッシュフローの計算には入れない。逆に、ローンの元本返済は現金が出るのに、経費にはならない」

エマは、二つの計算の食い違いに気づき始めた。帳簿の赤字と、財布の現金は、別々に動いている。

「あの物件は、キャッシュフローがマイナス二万、年で二十四万の持ち出しだったな。数万円の税金が戻っても、二十四万出ていってるんだ。差し引き、財布は毎年二十万近く減っていく。**『節税で数万円戻る』の裏で、『二十四万の持ち出し』が隠れている。**これは節税じゃない。二十四万払って数万円取り返す、ただの持ち出しだよ」

しかも、節税には賞味期限がある

「もう一つ、決定的な話がある」とヴィクトルは指を立てた。「減価償却は、永遠には続かない。建物の価値をぜんぶ経費にし終えたら、そこで終わりだ。賞味期限がある」

「終わったら、どうなるんですか」

「今まで利益を消してくれていた『出ていかない経費』が、消える。すると、帳簿上の利益が急に膨らむ。利益が増えれば、税金も増える。**節税していたはずが、あるときを境に、逆に税金が重くのしかかる。**しかも、その頃にはローンの元本返済も相変わらず現金を食っている。財布はますます苦しくなる」

「その賞味期限って、物件によって長さが違うんですか」

「いい着眼だ。建物の造りで、経費にできる年数が決まっている。木造は短く、鉄筋コンクリート——RCは長い。木造アパートは二十年ちょっとで償却が終わるが、RCマンションはその倍以上かけて、ゆっくり償却していく」

「短いほうが、一年あたりの経費が大きくなるってことですか」

「そのとおり。木造は短期間で償却しきるから、一年あたりの減価償却費が大きい。だから初めの数年は帳簿の赤字を作りやすく、節税効果が派手に見える。だが短いぶん、賞味期限もあっという間に来る。RCは一年あたりは地味だが、長く効く。**派手な節税ほど、切れるのも早い。**この『造りによる期限の差』が、次に話すことに直結する」

エマは、ぞっとした。営業の「節税になります」という一言の裏に、これだけのものが隠れていたのだ。現金の持ち出し、賞味期限、そしてその先に待つ税金の逆襲。どれも嘘ではないが、語られたのは、いちばん都合のいい入り口だけだった。

「私、もし何も知らずに契約してたら、『節税できてる』と思い込んだまま、毎年財布が減っていくのに気づかなかったかもしれません」

「多くの人が、まさにそうなる。帳簿の赤字を見て節税できていると安心し、財布が減っていることから目をそらす。そして減価償却が切れた頃、初めて事の重大さに気づくんだ。その『あるときを境に苦しくなる』現象には、ちゃんと名前がついている。次はそれを見にいこう」

まとめ

確認クイズ

1 / 4

減価償却が「節税」につながる仕組みとして正しいものは?