大家への第一歩

第3章

借金は敵か味方か

ローンを「借金=悪」と思っていたエマが、レバレッジとキャッシュフローの意味を知る

「借金してまで」の抵抗感

「私、やっぱり引っかかるんです」

その日、エマは前置きなしにそう切り出した。利回りの計算はできるようになった。でも、その手前に、どうしても飲み込めないものがある。

「三千万円を借りる、って、要は三千万円の借金ですよね。私、これまで借金なんて一度もしたことなくて。ローンを組んでまで投資するのが、どうしても怖いんです。全部貯金でやるならまだしも」

ヴィクトルは頷いた。「まっとうな感覚だ。借金は怖い。それでいい。ただ、不動産投資で借金を『使わない』というのは、実は片手を縛って戦うようなものでもある。今日はその話をしよう」

「片手を縛る……? 借金しないほうが安全なんじゃないんですか」

全額自己資金だと何が起きるか

「仮の話をしよう」とヴィクトルはナプキンに二つの箱を描いた。「実質利回り5%の物件が二千万円であるとする。手残りは年に百万円だ。ここで二つのやり方がある」

「一つ目は、二千万円を全部自分の貯金で払う。借金ゼロ。手残りは年百万円まるごと自分のものだ。使った自分のお金は二千万円だから、自分のお金に対する利回りは、百万÷二千万で5%」

「二つ目は、自己資金を四百万だけ入れて、残り千六百万を金利2%で借りる。借りたぶんの利息が、年にざっと三十二万かかる。だから手残りは百万から三十二万を引いて、六十八万。減ったな。でも——使った自分のお金は四百万だけだ。六十八万÷四百万は、17%」

エマは数字を二度見た。「え……借金したほうが、自分のお金に対する利回りが、高い?」

「そういうことだ。これがレバレッジ——てこの原理だよ。借りたお金という『てこ』を使うと、小さな自己資金を大きな力に変えられる。全額自己資金の5%に対して、借りて17%。差は歴然だ」

てこは両方に効く

「じゃあ、借りれば借りるほど得なんですね。フルローンで、自己資金ゼロがいちばんいい」

エマがそう言うと、ヴィクトルは静かに首を振った。

「そこが罠だ。てこは、いい方向にも悪い方向にも、同じだけ効く。さっきは利回り5%、金利2%だったから、差が儲けになった。この『利回りと金利の差』をイールドギャップという。ここがプラスなら、てこはお前さんの味方だ」

「でも、もし金利が上がって、利回りに追いついたら?」

「そのとおり。利回り5%のまま、金利が変動で5%まで上がったら、イールドギャップはゼロ。借りた意味がなくなる。もし金利が利回りを超えたら——てこは逆に働いて、借りるほど損が膨らむ。**借りすぎた投資家は、この金利上昇で沈む。**フルローンは、てこを最大にした状態だ。うまくいけば大きいが、逆風のときの倒れ方も大きい」

手元に残る現金を見る

「もう一つ、絶対に覚えておけ」とヴィクトルはナプキンをめくった。「利回りが良くても、手元の現金が回らなければ、投資は続かない。そこで見るのがキャッシュフロー——実際に手元に残る現金だ」

エマは図を見せてもらった。家賃という収入から、三つのものが出ていく。

家賃収入から運営経費・ローン返済・税金が差し引かれ、残りがキャッシュフローになる流れ図
家賃収入からキャッシュフローが残るまで

「家賃収入から、運営経費、ローンの返済、税金を引く。残ったのが、その月に本当に手元に増える現金だ。**キャッシュフロー = 家賃収入 −(運営経費 + ローン返済 + 税金)。**これがプラスなら投資は回る。マイナスなら、毎月自分の財布から補填することになる」

エマは、はっとした。「それって……営業の人が言ってた『毎月二万円の持ち出し』って、キャッシュフローがマイナス二万円ってことじゃないですか」

「気づいたか。そのとおりだ。あの物件は、最初からキャッシュフローがマイナスだと、自分で認めていたようなものだ。毎月二万、財布からお金が出ていく。空室が出れば、もっと出る。それを『三十五年後には家賃が全部収入』という遠い未来の話でごまかしていたんだ」

エマは、前章で計算したワンルームの実質利回り3%弱を思い出した。その低い利回りに、フルローンの返済がのしかかる。キャッシュフローがマイナスになるのは、むしろ当然だった。

「生命保険代わり」の裏側

「そういえば、営業の人が『生命保険の代わりにもなる』って言ってました。あれは何なんですか」

「団信——団体信用生命保険のことだな」とヴィクトルは答えた。「不動産投資ローンには、たいてい団信がつく。契約者が亡くなったり、大きな障害を負ったりしたら、残りのローンが保険で全額返される仕組みだ。だから『自分に何かあっても、家族に借金ではなく無借金の物件を残せる』というのが、生命保険代わり、というセールストークの中身だ」

「それなら、いい話に聞こえますけど」

「仕組み自体は本当だ。ただ、考えてみろ。残されるのは『無借金の物件』であって『無借金の優良物件』とは限らない。もしそれが、毎月キャッシュフローがマイナスで、売ろうにも買った値段を大きく下回る物件だったら——家族が受け取るのは、保険金というより、赤字を垂れ流す不良資産だ。**団信は、悪い物件を良い物件に変える魔法じゃない。**物件そのものが良くなければ、生命保険代わりという言葉は、ただの飾りだよ」

エマは、営業トークの一つひとつが、こうして分解すると別の顔を見せることに、少し背筋が寒くなった。どれも嘘ではない。ただ、都合の悪い半分が、いつも語られていなかった。

まとめ

確認クイズ

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「レバレッジ(てこの原理)」を不動産投資で使う目的として正しいものは?